■失敗談その3 ストックのお届け物
ある年の7月。単独で南アルプス南部の玄関口「椹島(さわらじま)ロッジ」に向かうバスに乗った。初めての赤石岳、荒川三山への山行。椹島ロッジから登り赤石小屋で1泊、千枚小屋で1泊の計2泊小屋泊山行を楽しんだ。というよりも、苦しんだ。
定員オーバーのため、1時間後のバスに乗車したため椹島への到着が遅れ、10時の登山開始となり、暑い中、赤石小屋へと続く急な登りにめまいがした。バスの乗客がほぼ千枚小屋を目指したため、他の登山者に会わず道迷いの不安なども感じた。
無事赤石小屋に到着し、2日目は早朝から長いルートを歩いた。赤石沢へ出るまでは「ラクダの背」と呼ばれる細い尾根があり、夏は左側の細いトラバースを歩く。高所恐怖症のため、歩みが進まず震える足で通過した。
雪渓通過中、2本の内の1本のストックが手元から離れ、雪と岩の隙間に落ちていった。拾いに行くには怖くて、ショックで下山して帰りたくなり泣いてしまった。
泣きながら休憩していると、ひとりの登山者に声をかけられた。1日目から近くを歩いていたおじさんだった。どうしたのと聞かれて、情けない山行の末にストックも落としたので帰るのだと話した。
すると、その話を聞いた登山者は、ずっと一緒に登っていたけどあなたなら大丈夫と、温かい言葉で筆者を元気づけ、赤石岳に登ったら椹島に下山するから、ストックを拾えるようであれば拾って椹島のバスターミナルの方に渡しておくと言ってくれた。
その後筆者は無事赤石岳山頂で美しい富士山を見て、荒川の花畑に感動し再び椹島ロッジに戻った。バスの整理券をもらうと、ロッジの従業員から声をかけられ、ストックが手渡された。あのときの男性の顔は憶えていないが、心折れた筆者をなだめ、登山を成功へ導いてくれた恩人として尊敬し、今も大切にストックを使っている。
■謝罪と感謝を胸に
しっかりしようと気をつけていても、何があるかわからないのが山の中。今回は筆者がしでかした情けない出来事を3つ紹介した。いずれも不注意や経験不足などが発端だが、どんなにベテランでも、どんなに注意していても不測の事態は起こり得る。これからも気を抜くことなく、注意をしながら登山を楽しみたい。
なお、謝罪の代わりとして今では登山中困っている人を見かけたら、自分を助けてくれた赤石岳の登山者を思い出し、そっと声をかけることにしている。