突然、さくら(仮名)が「アルプスに登りたい」と言い出した。筆者が毎年夏にアルプス登山に行くので連れて行ってほしいと言うのだ。さくらは筆者の姪で、高校3年生、受験真っ只中であるのだが、少しの間勉強から離れたい、美しい景色を見たいというのだ。さくらが従妹である筆者の娘のひまり(仮名)に一緒に山に登ろうと提案し、娘もふたつ返事で承諾した。
こうして2023年7月の夏休みに、現役女子高生2人とさくらの母である筆者の妹と母娘4人で、北アルプスの女王「燕岳(つばくろだけ)」へ1泊2日の”デトックス登山”に行くことになった。
■現役女子高生2人が、標高2,763mの北アルプスの女王へ挑む
高校3年生のさくらは受験を控え、日々勉強に明け暮れており、高校1年生のひまりは、片道1時間半かけての電車通学が大変そうである。山に登って美しい景色を見て癒されたいだなんて、2人とも高校生活に少し疲れているようだ。筆者の影響で2人とも子どもの頃から何度か山に登ったことがあるが、登山口の中房温泉(なかぶさおんせん・標高1,450m)から宿泊予定の燕山荘(えんざんそう)まで片道4時間半ほどの行程があり、燕岳(標高2,763m)までの累積標高差は約1,426mである。
2人とも体力はあるので時間をかければ登れるだろうが、さくらが過去に登ったことのある山で最高峰は鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん・標高1,729m)で、標高2,000mを超える高所への登山は初めてだ。高山病を発症しないかどうかが、一番の心配事だった。お守り代わりに酸素缶を準備し、万が一誰かが高山病を発症した場合は全員で下山することを約束してもらう。
■登山前日の家族会議
登山の1週間前から天気予報を複数のサイトでチェックする。どのサイトでも登山予定日は2日間とも雨予報である。合戦尾根(かっせんおね)は森林限界まで樹林帯の中を登るので、少々の雨ならやり過ごせるが、問題は雷だ。夏場のアルプスでは雷が発生しやすい。
そこで、さくらとひまりと登山前日に家族会議を開いた。2日間とも雨予報で、さらに雷に遭う可能性もある。たとえ登山を決行しても、景色もご来光も観えないかもしれない。さらに、危険と判断した場合は途中で引き返す可能性も視野に入れて登らなければならない。それを覚悟で登りたいか? それとも、登山は諦めて、ホテルに泊まって上高地を散策するプランに変更するか? どちらがいいかと2人にたずねた。さくらは途中下山も覚悟のうえ、燕岳に挑戦したいと言い、ひまりもその意見に同意した。
後日談であるが、なぜ雨だとわかっているにもかかわらず登山を選んだのか、さくらに聞いてみた。夏休み前に先生や友達に北アルプスに登ってくると宣言した手前、今さら登山をやめるとは言えなかったそうだ。手放しで褒められた決意ではなかったが、実は、この心境を変化させる学びを、山が教えてくれることになる。
■登山当日の朝、女子高生の悲鳴が車内に響き渡る
登山前日の夕方、関西から5時間かけて燕岳登山口に向かった。燕岳には登山口に近い順に、第一駐車場から第三駐車場まであるが、深夜23時の時点で簡易トイレのある第一駐車場にはすでに多くの車が停まっていた。そこに車を停めて仮眠をとる。標高1,450mある登山口とはいえ窓を閉め切った車内は暑く、車の窓を少し開けて仮眠していた。
まだ辺りには静けさがただよう早朝4時ごろ、ひまりの悲鳴が車内に鳴り響く。なんてことはない、窓から大きな蜘蛛が侵入してきたらしい。早朝の蜘蛛の出現にテンションが下がってしまった2人、これから山に登るというのに先が思いやられる。車内で朝食をすませ、身支度して登山口の中房温泉へ向かう。