山に関して、今と昔では常識が大きく異なることがある。さて、常識が大きく変わったのはいつなのだろうか?

■今とは正反対のことがフツーに教えられていた

 たとえば、ある時代まで学校の体育の授業や運動部の練習で、しゃがんだ状態で飛び跳ねて前進する「ウサギ跳び」が普通に行われていた。例えが古くて申し訳ないが、昭和のアニメ「巨人の星」でも主人公・星飛雄馬がオープニングでやっいた。

 鼻血が出たら、顔を上に向けて首の後ろの部分をトントンとをチョップするのがいいとされていた。

 スポーツ選手は怪我をした部分を、絶対に冷やしてはならないと厳しくいわれた。

 時代が変わり、それらが間違っていると考えられるようになった。いわずもがな、膝を痛めるウサギ跳びも、鼻血で上を向いてのトントンも今では不可とされている。スポーツ選手は怪我をしたらアイシングをして冷やすのが当たり前だ。

 登山の世界でもこうした迷信、俗信、誤信などが色々あった。

 若い世代にはまったく考えられないことだろうが、比較的最近まで今とは180度異なることが当たり前のように信じられていた。

 そして、いろいろなことが研究されることで、OKだとされていたことが反対にNGとなったり、通信ツールの発展で、不確かな情報が正しく更新されたりしたケースもある。

 では、それはいつ頃までのことだろうか? これについて検証してみたい。

■迷信1. 登山中に水を飲むとバテる

水を飲むとバテる?

 昭和の時代、運動部で練習中に水分補給は許されず、山では「水を飲むとバテるぞ」とアドバイスされていた。学校で登山をする際、教師は生徒に同様に指導した。そこに科学的エビデンスはなかったが、多くの人がそう信じていた。

 いわゆる“スポーツドリンク”の類が広く流通したのは80年代で、1980年に「ポカリスエット」が登場、2年後に「アクエリアス」が続いた。ただし、CMでは汗をかいた人が爽やかにドリンクを飲む映像が流れたものの、実際の運動部や山では、まだまだ「水を飲むとバテる」がまかり通っていた。また、“水を飲まないことが根性の証明” のように捉える前時代的な傾向もあった。

 考え方が変わったのは、地球温暖化に対する問題意識が高まり、「日射病」「熱射病」などと呼ばれていたものがすべて「熱中症」に統一された2000年代になってからだろう。「水を飲むとバテる」が完全否定されるようになる。つまり、水を飲ませてもらえなかった経験があるのは、ざっくりと現在40歳以上ぐらいの人までと考えられる。

●正しい知識:のどがカラカラになる前に水をこまめに摂取すべし

 熱中症予防のためにも登山時の水分補給は不可欠。のどが渇いてからがぶ飲みするのではなく、コンスタントに少しずつ飲むのが理想。

 

■迷信2. インナーは綿素材がいい

 1954年の書籍『登山技術と用具』(山と溪谷社)には、「肌着は夏は木綿などのシャツ」と書かれている。このように、かつて山でのインナーは綿がいいと考えられていた。「汗を吸ってくれるからいい」などと誤った主張をする人もいたのだ。なお、同書では「冬は毛のシャツ」と続いている。ここでいう「毛」はウールだが、今日のメリノウールとは異なり、昔のウールはチクチクして縮みやすいものだった。

 70年代後半の登山ハウツー本では、すでに“綿はNG” が唱えられ、80年代には「オーロン」という化繊素材のシャツが推奨されている。ただし、当時はまだアウトドア専用の化繊インナーが国内で流通しておらず、普段使いの綿シャツが着用されるケースが多かった。 

 そこに一石を投じたのがパタゴニア。1980年に「ポリプロピレン・アンダーウエア」、1985年に「キャプリーン・アンダーウェア」(当時)を発表。同社はいち早くレイヤリングのシステムを提唱していたが、国内での浸透までには時間を要する。綿インナーの衰退は90年代終盤に他社も専用化繊インナーをリリースするようになってからだ。

●正しい知識:すぐにドライにしてくれる繊維のインナーがいい

 ポリエステルやポリプロピレンなどの化学繊維、もしくは天然繊維のウールを用いたもの、またはそれを組み合わせた素材が望ましい。