■期待が高まるプレミアムなブランドサーモン、山梨県の「富士の介」とは?

 清らかな水に恵まれた山梨県はミネラルウォーターの出荷量で日本一。山梨県ではその冷たくきれいな水を活かした淡水魚の養殖も盛んだ。イワナヤマメアマゴの塩焼きなど、山梨を旅したときに味わった人も多いかもしれないが、お刺し身で楽しめる大型のニジマスも多く養殖されている。その生産量は静岡県に次いで全国2位(令和3年度)。そんな山梨県で、サケの中でも飛び抜けて美味しいと言われるキングサーモンと大型のニジマスをかけ合わせたハイブリッドなサーモンがあると聞いて山梨に向かった。その名も「富士の介(ふじのすけ)」。

 夏空高くセミの声も元気な8月上旬、富士山のふもとにある山梨県水産技術センター忍野支所を訪ねた。富士山の豊富な地下水をポンプで汲み上げ、かけ流しにしている飼育池のひとつに富士の介が元気よく泳ぎ回る姿を見つけた。黄金色に輝く背から腹に向かって藤色、銀色と変化する美しいグラデーション。体長50cm余りの立派なサーモンである。

「富士の介」の名前には「富士山のように養殖魚の最高峰になって欲しい」という願いが込められている

 山梨県では、平成19年に県の水産技術センターが富士の介の開発の研究に着手し、令和元年、満を持して出荷を開始した。この富士の介、何がすごいかといえば、全国でサーモンと名のつく養殖ニジマスが多数ある中、国内で初めてニジマスとキングサーモン(和名はマスノスケ)の交配に成功したことだ。つまり世界でも例のないセンセーショナルな養殖魚だといえる。

 ここ山梨県水産技術センター忍野支所で富士の介の稚魚の飼育に携わっている平塚匡研究員によると、産卵数も多く養殖魚として育てやすいニジマスと違って、キングサーモンは淡水で育てるのがとても難しいという。海水とは違う環境だからか、警戒心が強く繊細な性質だからか、食欲旺盛なニジマスとは比べて餌の食いつきが悪く、成魚になっても十分な大きさに育たないのがその理由だ。

■繊細な性質で、飼育にはとても手間がかかる

 実際に全国でもキングサーモンを淡水で飼育しているのは、実験レベルで取り組んでいる大学数か所を除いて、ここ山梨県水産技術センター忍野支所だけしかない。確かにここで飼育されているキングサーモンは、我々がイメージする脂がのった大きなサケとは違っていくぶん小型に見える。そんなキングサーモンを父に持つ富士の介も繊細な性質で、飼育にはとても手間がかかるという。出荷までに最低3年は必要で、季節によって水温が変わる川の水を使った養魚場で育てる場合はさらに長い年月を要する。

 では、なぜそれほどまでに育てにくい富士の介の開発に、山梨県の水産技術センターは情熱と時間をかけて取り組んで来たのか。そこにはサケ・マス類の王様、美味で高級なキングサーモン(しかし淡水ではなかなか大きくならない)と、淡水で育てやすく、採卵数の多い(キングサーモンの産卵数の4倍以上)ニジマスの「異種間交配」により、世界に先駆けて両者のいいとこ取りのハイブリッドな淡水養殖魚を山梨県で誕生させたいという強い意志とロマンがあった。現在山梨県水産技術センター忍野支所では、富士の介の稚魚や卵を県内の養魚場に出荷し、富士の介の生産振興に努めている。

山梨県水産技術センター忍野支所の養魚場

■食べたら、どんな味わいなのか?

 ここまで富士の介のことを知ると、やはりどんな味わいなのか試してみたくなる。水産技術センターの平塚さんによれば、「ニジマスよりもトロッとした食感で、新鮮で安全な生食が可能。火を入れるとふわっとサケらしい味が広がり、ニジマスとの違いがわかるはず」とのこと。さらに期待が高まる。そこで忍野をあとにして甲府に向かい、富士の介が市場に出た頃からいち早くメニューに取り入れているという和食料理店「割烹 三井」を訪問した。