■朝日と夕日の光に満たされる「太陽のロビー」
2つ目のこだわりは、本館1階の「太陽のロビー」。この空間が最もドラマチックに演出されるのは日の出と日の入りのときだ。
毎朝、東の空に太陽が昇ると、ロビーの中は徐々に明るくなり、やがて窓から差し込む朝日によって空間全体が金色の輝きに満たされるようになる。また、夕刻には西の空に沈む夕日が差し込み、ロビーは赤く染まる。光の色彩や濃淡は、季節や時間、天候などによって日々移ろい、一度として同じ瞬間はない。そうした刻々と変化する大自然の光のドラマを堪能するための客席として、英雄はこのロビーを作ったのだという。標高3,000mの稜線の山小屋だからこその体験ができる、まさに「太陽のロビー」という名にふさわしい空間になっているのだ。
■37個のタンクにためられる「天命水」
稜線の山小屋にとって、いかに水を確保するかは死活問題である。穂高岳山荘では、重太郎の時代に涸沢岳の頂上直下の雪渓の底に水源を発見し、それをパイプで山荘まで引いて使っている。稜線付近で水源を見つけられたのは奇跡的なことで、それゆえ重太郎はこの水を「天命水」と名付けたのだった。
英雄の時代になると、水源から引いてきた天命水を涸沢岳側の斜面に設置した37個のステンレスタンクにためるようになる。ステンレスタンクを導入したのは、常時80tもの水をためておくことのほかに、もうひとつ目的があった。
水源から流れてくる水は雪解け水であるため、水温は約4℃しかない。直接、厨房や洗面所に供給するには冷たすぎる。そこで流れてきた水をそれぞれのタンクに循環させて、その間に太陽熱によって徐々に温めているのだという。すべてのタンクの循環を終えて、山荘に引き込むときには水温は約14℃になっている。宿泊者が、ちょうどいい温度の水で顔や手を洗い、歯磨きができるのは、実は外に並んだタンクのおかげなのである。
穂高岳山荘では、ここで紹介したもの以外にも、さまざまな創意工夫を凝らして営業を行っている。重太郎から山荘を引き継いだ英雄が、どのような考えをもって、これまで山小屋作りを行ってきたのか。詳しくは、現在発売されている書籍『穂高に遊ぶ 穂高岳山荘二代目主人今田英雄の経営哲学』(山と溪谷社)に書かれているので、興味があればぜひ手に取ってほしい。