■楽々リフトでマッターホルンを眺めに行く
必要最低限の施設以外は何もないシャモワの村には、夜が賑やかな海辺のバカンス地とは180度異なる自然のリズムに沿った暮らしが息づいている。人混みを極力避けて静かな環境で大自然と触れ合いたい我々にとってこれ以上のバカンス地はないのだが、イタリアの友人や家族からはあまり評価されない。
真っ青に輝く海を眺めながらビーチで肌を焼き、新鮮なシーフードをたっぷり味わい、何も考えずにひたすらリラックスするというのがイタリアでは一般的なバカンスの過ごし方である。それに対し我々のバカンスは、「朝6時半起床、朝食を済ませて8時には登山道に入り、毎日6〜8時間ひたすら歩く。夕方宿に戻って爆睡し、夕食を食べ、夜は天気予報とにらめっこしながら翌日の登山ルートを調べる」というもの。
周りからは、「それってバカンスじゃなくて山岳部の強化合宿じゃない」と言われる。しかしながらリラックスの定義は人それぞれで、山を愛する我々にとっては、太陽とともに寝起きし、新鮮で涼しい空気に包まれながら体を動かし、息を呑むような絶景をこの目に焼き付けるというのが何よりの喜びなのだ。
シャモワに滞在中も私が期待した以上の素晴らしい風景と出会うことができた。その1つが標高2,500mのフォンタナ・フレッダで体験した大パノラマ。山頂までは歩いて登らなければ行けないが、3つのリフトを乗り継いだ終点にも周囲の山々を360度見渡せる展望スポットがあり、小さな子どもからお年寄りまで楽にアクセスすることができる。
私たちもこの日は本格登山を一休みし、早朝から童心に返って大はしゃぎしながらリフトに乗った。徐々に高度を上げて行く周囲の風景を楽しみながら3つのリフトを乗り継ぎ、最後のリフトを降りると目の前にマッターホルンの尖った山頂がどんとそびえていた。
思わず言葉を失うほど雄大な眺めである。そこからぐるりと見渡して背後を見ると、右手に真っ白な雪を頂いたモンブラン、左手にはグラン・パラディーゾの山頂のパノラマが広がっていた。雄大な山々と下界を一度に見渡すと、人も車もまるで小さなアリのようにしか見えない。私たちが日々感じているストレスも不安も、頭を悩ます問題も、この壮大な大自然の景色の前では取るに足らない些細なことに思えてくる。