3月に新刊『北関東の異界 エスニック国道354号線』(新潮社)が発売されたばかりの室橋裕和氏には、「越えて国境、迷ってアジア」という企画を執筆していただいている。コロナに翻弄され「国境」へ行けなかった期間に「県境」をテーマに北関東ゴールデントライアングルを目指していた。新刊発売のタイミングで、その時のレポートをお届けしよう。

 

 日本に「3県境」なる場所は48ヵ所あるのだという。そのほとんどは河川や、山の稜線、山頂に位置しているそうな。前回、僕が訪れた「東京・千葉・埼玉」3つの都県が接する3県境ポイントも、確かに江戸川の中ほどにあった。このあたりは国境と同じなのだ。自然の境界でそのまま自治体を区分すれば、管理しやすいのだろうと思う。

 ところが日本でただひとつ「平地の3県境」なる地点がある。埼玉、栃木、群馬が接するポイントだ。ここは山登りをしなくても、川をボートで漕いでいかずとも、徒歩でカンタンに行くことができるという。ほう……。

 越境マニアとしては大いにそそられた。速攻で北関東を目指して電車に乗ってしまったのである。

■まずは群馬→埼玉に越境スタート

 東武日光線、板倉東洋大前駅。ここは群馬県である。南東のすみっこだ。すぐ南には埼玉、東に栃木が迫る、まさしく国境の街。これがアジアであれば商人が行きかい市場が立ち、タクシーや怪しげな連中もたむろして賑わうところだが、日本の県境はきわめて静かなのであった。駅に降り立ったのは僕ひとりで、周辺にはちらほらとアパートが立ち並んでいるが、人の気配があまり感じられない。商店も何もない。が、停まっている車のナンバーが、宇都宮・群馬・大宮と各県入り乱れているのが良い。国境感を煽ってくれる。

 さみしい住宅街を、とぼとぼと歩いていく。すぐに田畑が広がる。トマトを栽培しているビニールハウスや、ネギ畑、水田を眺めて東に進むと、やがて堤が見えてきた。登ってみれば、視界いっぱいに緑。その奥のほうに、湖が広がる。渡良瀬遊水地だ。日本最大だというこの遊水地のまわりで、3県の県境が入り組んでいるのである。

 さっそく見えてきた。まずは埼玉県のようだ。遊歩道上には白いペンキで、でかでかと群馬/埼玉の県境が示されている。イミグレーションでも設置してくれれば面白いのだがそういった施設はなく、代わりに「この場所にある水門は群馬県の管轄である」「ここから先の道路使用については埼玉県が窓口となる」などと案内する看板が立つ。こうして自治体がそれぞれナワバリを主張しあうのが、日本の境界線のひとつの姿であろう。

 そんなオブジェをばしばし撮影していると、上空をパラグライダーが飛んでいった。群馬から埼玉へ、空で越境していく。なかなか気持ちよさそうだ。渡良瀬遊水地はほかにも、熱気球やスカイダイビングなど空のスポーツも盛んなのだそうだ。

埼玉県と群馬県の県境ポイントを飛ぶパラグライダー。右手が渡良瀬遊水地

■町おこしのネタになっていた「3県境」 

 埼玉エリアはほんの数百メートルだった。遊歩道の奥にはもう、再び「この先群馬」の看板が立つ。さらにそのまた先を見れば、今度は栃木県となっている。まさに県境モザイク地帯ではないか。テンションが上がる。

 その境界線が入り組んでいるエリアだが、群馬・栃木は渡良瀬遊水地沿いの遊歩道か住宅地だけだというのに、埼玉は違うのだ。ここぞとばかりに大きな道の駅を設置し、自国領を高らかにアピールしているのであった。こうして建造物を構築し、実効支配を重ねていき、領土を確かなものとしていくのは国際社会と同様であろう。

 我が故郷・埼玉県のしたたかな戦略に感心しつつ「道の駅かぞわたらせ」に入ってみると、

〝埼玉・群馬・栃木3県のイイトコロがた~くさん詰まったお店です〟

 そんな看板が出迎えてくれる。その名も「3県境ショップさいぐんと」。「さい(埼玉)」「ぐん(群馬)」「と(栃木)」、県境を接する3県それぞれの特産品が揃っているのであった。そこそこ賑わっているではないか。

 ドリンクコーナーでは栃木のキャベツサイダーに、埼玉の狭山茶コーラとかいうそれぞれナゾの飲み物が並び、麺は群馬のひもかわうどんに栃木は佐野ラーメン。地酒は3県どこも豊富だ。イナカの土産でありがちな漬け物やメシのアテなんかも3県の物産が揃う。こういうのに弱い僕は、埼玉・深谷ねぎを使ったねぎラー油をついつい買ってしまった。

 アジアの国境では、各地の産品とマネーと人が行きかう市場は欠かせないものだが、ここでは道の駅がその役割を果たしているのだ。

「道の駅かぞわたらせ」では3県の特産品が売っていて楽しい。地元農家が育てた野菜の市場もある
酒好きならば3県の地酒コーナーは外せないだろう
「道の駅かぞわたらせ」では埼玉・加須の名産であるそばとうどんがおすすめ