2023年大河ドラマ「どうする家康」の主人公「徳川家康」。元の名前は「松平元康」、三河国の松平家の9代目だった。家康の祖先である松平家の初代は誰で、どうやって興ったのだろうか?
松平氏発祥の地・愛知県豊田市の山間部にある「松平郷」を訪ねる。そこには、江戸時代日本の頂点に君臨した「徳川将軍家」のはじまりの物語があった。
■2023年の大河ドラマは「どうする家康」
江戸幕府260余年の礎となった徳川家康は、近年の大河ドラマだけでも「真田丸」「おんな城主 直虎」「麒麟がくる」と頻繁に登場する。家康自身が主人公なのは、2000年の「葵 徳川三代」以来だ。しかし、時代劇や小説なども含め、徳川家の一族のルーツについて語られたことは殆ど無かった。
司馬遼太郎がエッセイ「歴史を紀行する」の一章「忘れられた徳川家のふるさと」の中で、家康の祖先は各地を旅して歩いた「遊行僧(ゆぎょうそう)」で、西三河の山中の集落「松平郷」に流れ着いた。その子孫が岡崎に進出し、やがて徳川幕府を開いた、と書かれていたのを読んだことがある。いつかは行きたいと思っていたのだが、機会があり当地を訪問することになった。
徳川家康生誕の地である岡崎から、矢作川(やはぎがわ)に並行して流れる国道248号線を通り、途中右折して、国道301号線を走ると「松平郷」だ。
まずは標高310mの「松平郷展望テラス」に行こう。松平郷第一駐車場からは約950m、徒歩約15分で行けるので、ちょっとした低山ハイク気分を楽しめる。
ここからは、豊田市内はもちろん、名古屋駅周辺の高層ビル、東山タワー名港トリトン、天気が良ければ伊勢湾や三河湾対岸の鈴鹿山脈、養老山脈まで眺望できる。平地まではだいぶ遠い。あの徳川家康の一族は、こんな山奥から始まったのだ、ということを実感できる。