■迫る日没、遅くなっていくペース、そして途中下山の判断へ

オプタテシケ山からの十勝連峰の眺め。遠くに十勝岳の頂上部が見えているが、富良野岳はさらにその先

 オプタテシケ山の先からは途中エスケープできるポイントが随所にある。最初にあるのは美瑛富士避難小屋。ここからであれば、歩いても2時間で下山できる。足を負傷し、体調も悪く、ペースも遅れているなか、エスケープできる分岐点では「ここでやめておこう」という誘惑に駆られる。

 次に降りることができる美瑛岳では胸が苦しくなり、半ば下山を決めていたのだが、山頂へ向うあたりで風が強く、反対側の風下に逃げたところで休んでいたら回復してきたので、さらに十勝岳を目指す。

美瑛岳を越えると山の様相が一変、火山地帯に入る

 胸が落ち着いたとは言え、ペースは一向に上がらない。走りたくても走れないもどかしさを感じながらジワジワ進み、十勝岳に17時45分到着。もはや、一般登山レベルのスピードまで落ちている。十勝岳からの下山も考えたが、風向きのせいか噴煙のかぶり方が凄まじく山頂でむせかえるほど。この中を下山する気にはなれなかった。

前十勝岳からあがる噴煙。35年周期で噴火を繰り返す山だが、すでに周期をすぎている

 十勝岳を越えると、十勝連峰の最後の山となる富良野岳はもう少しだ。前十勝岳から立ちのぼる噴煙から逃れ、カミホロ避難小屋まで降りてくる頃にちょうど日没を迎えた。

 風が少々強まっていたが、相変わらず天気は良かった。もう少しとはいえ、歩けば長い。進むペースはどんどん落ちている。どのくらいの時間がかかるのか、この先のコースタイムを考えながら足下の明るいうちに先へ進んだ。

 上富良野岳につく手前で足下がおぼつかないほど暗くなってきていた。時間はかかろうとも富良野岳を目指そうと思いながらヘッドライトの準備をした。電池はまだある。念のための予備のヘッドライトも持っているので問題はない。行動食のジェルもまだ余裕はある。

 ふと、水分が気になった。ボトルの水はほとんどなくなっていたが、パックに入れてあるハイドレーションの残量を見ていなかった。水分は生命線だ。体調の悪さを水分でごまかしながら動いてきたので、いつもより余計に水分を摂取していたのが気になっていた。確認するのが怖かったが、案の定、ハイドレーションの中には、ほとんど水が残っていなかった。

山の景色で最も美しい瞬間。富良野岳が漆黒の闇に消えていく

 平常時であれば、残りの距離を走るのに水分が不足してもなんとかなる。しかし、このときの体調では厳しかった。行けるかもしれないが、たどり着かないかもしれない。怪我、体調不良まではなんとかなったが、水不足は致命的だった。上富良野岳からはそのままエスケープ下山ができるルートがある。ここが止めどころだった。

 あと4kmほどで目的の富良野岳にたどり着く。たった4kmだ。しかし、引き際も肝心。山での行動は常に余力を残しておかなければならない。「もうちょっと」に罠は潜んでいるものだ。上富良野岳から十勝岳温泉の凌雲閣まで1時間ちょっと。バテバテになっていても一般登山ペースより少し早いくらいのペースで動ける状態が、自分にとっての余力だ。

 19時40分に凌雲閣到着。総移動距離は65km。19時間半の長い一日が終わった。目的のルートが完遂できなくとも、ここまで行ければ満足度は十分だ。怪我をしてしまったのは余計だったが、どっぷりと山に浸かったロング山行。

 トレランスタイルか、一般登山スタイルか、それは個人の自由だと思うが、十分な能力を備えているなら、この大雪山・十勝連峰の全山縦走は、挑戦してみる価値が十分ある素晴らしいルートだ。

【前編】日本で一番早い紅葉はすでにピーク! 北海道最長縦走路を1日で走り抜ける