長野県北部に位置する戸隠山は北信五岳のひとつ。キザギザとした峰が屏風のように連なる個性が明瞭な山で、古来より修験道の霊場として栄え、麓には戸隠神社の5つの社がある。創建2000年以上を誇る神社は、平安時代末には修験道の霊場として京の都にまでその名が知られ、神仏習合のころは戸隠山顕光寺と称し、「戸隠十三谷三千坊」と称される大道場だった。近年は強力なパワースポットとして人気が高く、今でも多くの参拝者が訪れる。ではここで、戸隠神社の起こりや5社の祭神、ご利益についてもう少し詳しく説明していこう。

■神社の祭神は伝説ゆかりの神々

戸隠山への入山口もある戸隠神社の奥社

 戸隠という名は日本神話に出てくる「岩戸伝説」に由来する。この神話を一度ぐらいは耳にしたことがあると思うが、おさらいとして内容を簡単に説明しておこう。その昔、天照大神(アマテラスオオミカミ)が、素戔鳴尊(スナノオ)の乱暴な行いに怒り、天の岩屋に隠れてしまった。世界が光のない“常闇”になってしまったため、神々が相談し、祝詞をあげたり舞を踊ったりした。大神がその様子を見ようと岩戸を開けたとき、天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)が岩屋をふさいでいた岩戸を「えいやっ!」と放り投げた。そして世の中は再び明るくなったのだが、このとき投げた岩戸が落ちた場所だから「戸隠」という地名になったと伝わっている。なので、山麓の戸隠神社には「天の岩戸開き」の神話に登場する神々が祀られている。

■岩戸を投げた神を祀る「奥社」

奥社参道の中間地点には狛犬が守る髄神門がある。その先に荘厳な杉並木が続いている

 戸隠神社「奥社」は戸隠山の登山口もあり、県道付近の参道入口から参道が2kmほど続いている。社までは歩いて大体40分。中間地点に萱葺きの随神門があり、その先から樹齢約400年の杉並木が500mほど続く。森の奥へとまっすぐ続く参道に沿って、巨木がズラリと並んだ空間はまさに聖域たる荘厳さだ。奥社は戸隠神社の本社で、祭神はこの地に岩戸を放り投げた怪力の神「天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)」だ。開運、心願成就、五穀豊熟のほか、スポーツ必勝などの御神徳(ご利益)がある。

■「中社」の祭神は知恵の神

大きく立派な中社の社殿。天井には、江戸時代末期の狩野派の絵師による「龍の天井絵」が復元されている

 「中社」は、奥社の参道入口から県道を少し下ったところに位置し、大鳥居を通って階段を登る参道と、参拝者用の駐車場から向かう西参道がある。境内や周辺に巨木が多く、大鳥居をくぐると大きな三本の杉の木が、根元が合体するように三角形状に立っている。本殿の前のご神木は樹齢700年を超えるといわれ、こちらも立派なたたずまいだ。中社に祀られている「天八意思兼命(アメノヤゴコロオモイカネノミコト)」は、神話にたびたび登場する神だ。その名からは、思いを兼ね合わせるという意味が読み取れ、知恵の神とされている。「岩戸伝説」でも、岩戸神楽を考え、天照大神に岩戸を開けてもらうための計画を練った。そのご利益は、学業成就、試験合格、商売繁盛、開運、家内安全などだ。