長野県の名物といえば、そばが有名だ。山岳信仰による修験者や修業僧がそばの実を携行食にしており、それがこの地に広まったという伝説が県内各所に残っている。そばは収穫までの期間が短く、米や小麦が育ちにくい高冷地でも栽培しやすいことから各地域でつくられ、郷土食として食べられてきた。とりわけ、昼夜の寒暖差が大きく、朝霧のたちこめる冷涼な高原で栽培されたそばは「霧下そば」と呼ばれ、こしが強く、色や香りもよいと評価が高い。このそばの栽培地として知られるのが戸隠だ。そばが名物の長野のなかでも、広く知れわたる「戸隠そば」。日本三大そばのひとつにも数えられるこのそばは、どんな特徴なのか掘り下げてみよう。

■最大の特徴は独特な「ぼっち盛り」

ひとつの束を1ぼっちと数え、大盛りは7ぼっち、半ざる3ぼっちが一般的だ

 日本三大そばのひとつに数えられる「戸隠そば」。残りのふたつは、岩手県の「わんこそば」と島根県の「出雲そば」だ。わんこそばはお椀にひと口分のそばを次々と入れて食べ、出雲そばは黒っぽい見た目で食べるときにつゆをかけていただくのが特徴だ。これに対して、戸隠そばのトレードマークは、そばをくるりと巻いて馬蹄形状にした束を5~6つ並べた「ぼっち盛り」だろう。実の甘皮をとらずに挽く「挽きぐるみ」のそば粉を使い、そばを打つときは1本のめん棒で薄く大きな円形にする「丸延ばし」をする。そばを茹でて水でひきしめたら、水をきらずにザルに盛りつけるのも特徴だ。また、戸隠は竹細工が有名で、そばを盛るザルには根曲り竹で編んだ丸い形状のものを使用する。

■戸隠神社とそばのかかわりも深い

5つの社がある戸隠神社のうち、杉並木の参道が続く奥社はとくに有名

 この地のシンボル、戸隠山は古来より修験道の霊場として栄え、麓には5つの社からなる戸隠神社が点在している。戸隠そばの「ぼっち盛り」は5束のものが多く、これは、戸隠神社ゆかりの神々である、九頭龍神(くずりゅうしん)、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)、天表春命(あめのうわはるのみこと)、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の5神を表しているとの説がある。6束の場合もあり、これは地域の地蔵堂を加えたものと考えられ、エリアや店舗によって束の数に違いがある。また、「ぼっち」の由来は、法師(ほうし)、ひとりぼっち、ひとくくりにすることを示す方言など諸説ある。

■あちこち食べ歩いてお気に入りの店を見つけたい

神社や宿坊の近くなど各所にそば屋があるので観光しながら気軽に立ち寄れる

 戸隠にはたくさんのそば屋があり、そばの太さやつゆの味、ぼっちの数など店ごとに違いがある。行列ができる人気店も多く、売り切れしだい閉店というところも。また、宿坊などでも戸隠そばが提供されている。新そばの季節の10月下旬~11月には「戸隠そば祭り」が開催され、戸隠神社では不要になったそば道具のお焚き上げや、白装束をまとったそば職人がそばを手打ちして神に献上する神事が行われる。この時期は「半ざる食べ歩き」のイベントも開催され、専用の「半ざるチケットブック」を購入し、それを持参すれば戸隠内のそば屋のうち4店舗で半ざるを食べられる。お店でスタンプをもらって4店舗分を集めると、「年越しそば」が当たる抽選に申し込み可能だ。

■自宅でぼっち盛りに挑戦!?

挑戦してみると意外と難しいぼっち盛り。店で提供されるうつくしい盛りつけは職人のなせる技なのだ

 戸隠そばの乾麺や生そばを現地の土産店で購入できるので、自宅でそばを再現して楽しんでもいい。特徴的な「ぼっち盛り」の作り方は、茹でたそばを流水で洗ってぬめりをとり、適量を親指と人差し指でつまんだら、半分に折り曲げるように皿かザルに盛るのがコツ。その束を5~6つ並べればそれらしくなるが、きれいな馬蹄形状にするには何度も挑戦して修行を重ねていくしかない。