■日本でもっとも自殺者の少ない町
何年か後、海部町は全国でも極めて自殺率の低い「自殺“最”希少地域」だった、という興味深い情報を目にした。
その原因がなんなのかを徹底的に調査したのが、岡檀著『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』という本。自殺予防因子の研究をしていた岡さんが、4年間に渡って海部町の現地調査とデータ解析をし、さまざまな視点からその謎解きに挑んだという興味深い内容だ。
細かい内容は割愛するが、海部川流域の人々の気質として僕が印象的に感じたのは、「いろんな人がいてもよい、いろんな人がいた方がよい」という考え方と、「野暮(ダサい)なことはしないのが当たり前」という考え方が浸透しているという点だった。
南北朝の時代、木を取り尽くした京都付近で大量の木材需要があり、海運による木材確保の場所として注目されたのが海部川流域だった。以来この地はゴールドラッシュならぬ「ウッドラッシュ」の時代に突入し、全国各地から多様な開拓民が押し寄せて町を作った。
そんな背景があって、人々は自立し、見た目や地位で人を評価せず、他人に関心を寄せながらも深入りはしないという独特な気質(北海道やアラスカの人もこういう人が多い)が養われたのである。
田舎特有の排他的な空気がなく、僕が旅をした時に感じた「他の地域とは何かが違うなぁ」という感覚は、このあたりのフロンティア精神が生み出したものと思われる。
なんというか“居心地がいい”のである。
困っている人を無視したり、集団で他人をいじめたりしないのも「野暮なことはしない」という精神の現れだ。人物第一主義の世界では、野暮なことをする人間は信用を失って生きていけない。困っていたら畑からダッシュで助けにきてくれたり、聞いてもいないのにおすすめの場所を教えてくれたり、バスも好きな場所で降ろしてくれたのも、そんな背景があってのことだったように思えた。
改めて川は下って終わりではもったいなく、その川の流域のことを知ってこその川旅だなぁと、あとからしみじみと感じたものである。この川とこの川の流域には、今の日本人が忘れかけ、必要としている要素が多くある。
4年前に再びこの地を再訪する機会を得た僕は、改めてこの川を旅した。海部川は当時と変わらぬ姿で僕を迎え入れてくれ、豊かな時間を与えてくれた。
その時の川旅の記録は、次回後編でお送りしていきたいと思う。
<後編へ続く>