南北120kmにも及ぶ南アルプス。メジャーな3,000m級の山々を含むその長大な山脈は、しばしば北部と南部にエリア分けされる。今回はこの北部にも南部にも含まれない、「深南部」と呼ばれる山域について書きたい。

 深南部とは具体的に、光岳以南のかなり広い範囲を表す。標高は2,000mからさらに低い山が連なり、笹藪とメジャーな山域では出会えない原始に近い深い森が広がる。奥地まで入っていた寸又川林道も今では廃道になった。このエリアをいろいろ歩こうとすると、道なき道とまでは言わないが、登山道とは呼べぬ道を藪を掻き分け、沢を歩く、かなりワイルドな山旅となる。水の確保も大仕事だ。

 無論、このエリアには営業小屋がないので、テント泊が必須条件。トイレの始末なども、すべて個人の良識の範囲で行うことが大前提の上級者向けのルートである。

高塚山から山犬段にかけ、見事なブナの森が広がる。紅葉の時期は鮮やかな森になるに違いない

■標高を下げれば新緑に輝く低山歩きのベストシーズン

 南アルプスは、GWが終わってから夏山シーズンが始まる7月までの間、登山者は疎らになり静けさを取り戻す。昔、鳳凰小屋で働いてた頃、この時期は誰も来ない雨の週末営業が多かった。人知れず雪解けが進み、山が黒々としていくのを寒さに震えながら1人で眺めたものだ。

 今思えば、この時期にわざわざ南アルプスの高山帯に行かなくてもいいのかなと。なぜなら、この時期は標高を下げれば、新緑のいい季節だってことを、少し歳を重ねてから知ったからだ。今では、この時期に毎年のように、標高の低い山が連なる深南部へ通っている。

 この山域を初めて歩いた時の感動は、今でも鮮明に覚えている。南アルプスの森はシラビソやツガなど、真っ直ぐな針葉樹の森のイメージが強かった。だけど、深南部には屋久島とまでは言わないけれど、巨木のブナの樹々が佇む、心を動かす森が広がっていた。

無機質な枯れ色だった笹藪の房子山には、芽吹きが訪れていた

 さらに、その森で出会ってからというもの、僕を毎年この時期、この山域に通わせるようになったのが、真っ白なツツジ「シロヤシオ」だ。それはブナの森の瑞々しい緑の中にあって、気品すら漂う白い花を付けていて、場所によっては、森の中にふわりと現れる真っ白なトンネルの中を歩く気分であった。

 年にもよるが、見頃になるのは5月中旬から下旬の短い間だけ。おすすめの山は、京丸山周辺や高塚山周辺だ。現在は林道が閉鎖されており、入山し難い。川根本町から山犬段駐車場に入り、蕎麦粒山や高塚山を往復するのが、お手軽にシロヤシオを楽しめるもっともメジャーなコースだろう。

 自由に山を歩ける状況に戻ることを願いつつ、深南部のもう一つの顔である藪山を絡めた、周回できる一泊ないし二泊三日の、もう少しディープな山旅の記録を紹介したい。

この白さに惹きつけられるのは僕だけだろうか。地面に散る姿も儚く、ついつい足が止まる