■山小屋という仕事との出会い

 とは言っても、山小屋で働くようになったのはずっと後の話だ。大学を卒業した私は、東京で障がい者スポーツの指導員として働くようになった。

 その日は、新緑が眩しい桜並木をいつものように自転車で職場へと向かっていた。ふと、「山で暮らしたいな」と思った。そう思い始めたら、もうずっと頭からその考えが離れなくなってしまい、四六時中仕事を辞める事ばかり考えている。当時、職場の先輩との人間関係が上手くいっていなかったのも後押ししたのかも知れない。今思えば、山でなくてもなんだってよかったのだろうけれど、とにかく東京を離れたかった。で、あえなく都落ち。

さっき出会ったばかりの人たちと同じ景色を眺める

 山から連想して思い浮かんだのが、山小屋だった。生活もできるし、何より仕事もある。山の中だし、お金だって使わないだろう(貯まるんじゃないかという淡い期待)。いいじゃないか。新しくアパートを探さなくてもいいし、何より実家に帰るのは気が引ける。

「山小屋」と検索してみると、びっくりするほどたくさんの山小屋があることを初めて知った。時期がちょうどよかったこともあってか、選び放題である。山小屋の求人サイトに登録すると、早速連絡が来てあれよこれよと話は進み、翌日にはオーナーと電話で面接までしていた。

 長野県出身の私は「穂高」という言葉に憧れがあった。せっかくだから穂高の山小屋に行きたい。そう思っていたのに、連絡が来たのは南アルプスにある鳳凰小屋という山小屋だった。

 これが私の思っていた山小屋生活とはかけ離れた、だけど大きな出会いの場所だった。