山歩きを楽しんでいる人に熊野古道への関心を問うと、だいたい「一度は歩いてみたい!」という前向きの回答が返ってくる。そして必ずといっていいくらい「でも、どこを、どうやって歩けばいいのか、よくわからない」というセリフが、それに続く。たしかに、わかりにくいかもしれない。
そこで、熊野古道のアンバサダーを務める僕が、そうした初歩的な疑問に、できるだけ簡潔に答えていきたい(とはいえ基礎的な知識も網羅して)。これから自分の足で歩こうと考えているハイカーの参考になれば、とてもうれしい。
◼️「熊野古道」とは、紀伊半島の各地から熊野へとつながる“複数の道のり”のこと
真言密教の根本道場・高野山。修験道の聖地・吉野大峰。さらには神道の中心地・伊勢神宮。こうした紀伊半島各地の聖地と熊野三山を結ぶ、複数の道の総称が「熊野古道」である。スタート地点とゴール地点を結ぶ一本道ではないことが、熊野古道が複雑で難しい道と思われてしまう遠因なのかもしれない。
まずは、それらの“複数の道”を知ることが、熊野古道の理解に欠かせない。全体像を見ると、紀伊半島を土台に、各地から道が集まってきている様子がひと目でわかるだろう。
図左端:紀伊路。京都・大阪方面と、熊野の神域の入口になる田辺市をむすぶ道
図左中:小辺路。真言密教の聖地・高野山と、熊野本宮大社をむすぶ道
図右中:大峯奥駈道。修験道の聖地・吉野山と大峰山から熊野本宮大社をつなぐ道
図右端:伊勢路。伊勢にある神宮から熊野速玉大社をむすぶ道
図下端:大辺路。田辺と勝浦をつなぐ、紀伊半島南部のほぼ海岸沿いの道
図中下:中辺路。田辺から熊野本宮大社、勝浦から熊野本宮大社をつなぐ道
熊野古道には、紀伊路、小辺路、大峯奥駈道、伊勢路、大辺路、そして中辺路という六つの主要な道がある。この六つの道のうち、紀伊路を除く五つが世界遺産を構成する熊野古道として認定されている。
なお、これらの主要な道のほかにも、熊野を目指した参詣道が関西各地のローカルに残っていることも書き添えておきたい。たとえば、大阪の交野を通る「かいがけの道」は、近隣の低山ハイクとセットで楽しめるナイスな道だ。
◼️️熊野道って、どういう道? 歩けるの?
ざっくりひと言でいうと、熊野古道は歩きごたえのある“山道”が続く。主要な道をあわせると1,000kmにおよぶといわれ、ときに険しい道をゆくため、登山の経験と山の装備はあった方がいい。その意味では、山歩きの準備ができている登山者やハイカーにこそ、ぜひ歩いてほしい道である。
では、なぜこんな山深いところに道があるのだろうか。
熊野は“紀伊山地の隅っこ”にあり、古くから神々の鎮まる地域として尊ばれてきた。そこに鎮座するのが、熊野三山と呼ばれる三つの神社(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)である。熊野古道は、それらの三山と京都・大坂の都市部、奈良・伊勢といった紀伊半島の要衝と結ばれた道。平安時代には、高野山・大峰山・伊勢神宮といった宗教的に重要な地それぞれと、熊野三山を互いに行き来できる参詣道として成立していたという。長く歩く道として、日本の中ではとくに古い歴史をもつのだ。
とはいえ、当たり前のことだけれど、昔の人たちはこれらの道を“古道”とは呼んでいない。熊野へ通じる道ゆえ、シンプルに「くまの道」とか「熊野街道」とかいった呼び方をしていた。時代を経て現代になり、「熊野古道」という名称が定着。いまでは熊野詣はもちろんのこと、ハイキングをする人々にも利用されるようになっている。