■風のない海辺にゆっくり現れたのは……
「風も吹いていないのに、何度やっても火花すら出ない。『あれ? おかしいな?』と思っていたそのときでした。海岸の砂浜を、ゆっくりと歩いてくる人影が見えたんです。じっと見ていると、月明かりに照らされて、白い浴衣のようなものを着たおじいさんが近づいてくるのが分かりました。『近くに泊まっている人かな』と、気にせずもう一度ライターと格闘していたら、いつの間にかおじいさんが僕たちのすぐそばに来ていました」
謎の老人は無言のまま懐からライターを取り出すと、近藤さんが持っていた花火に火をつけてくれたという。
「僕が『おっちゃん、ありがとう!』と言うと、優しく微笑んでくれました。そして、何も言わずに元来た道をまたゆっくりと戻っていったんです。そのあとは、自分たちが持っていたライターも普通に使えるようになって。でもしばらく遊んでいると、子どもだったから花火にも飽きちゃったんですよね」
もう一度海に入りたい。そう思った近藤さんは、叔母に伝えた。だが……
「叔母はなぜか、怯えた顔でガタガタと震えていて。そのとき初めて、おじいさんが現れてから今まで、叔母が何も喋っていないことに気づきました。僕が海に入りたいとせがむと、『絶対にあかん!』と必死に止めてくる。その様子がどうもおかしい。危ないからダメ、という感じとは少し違っていたんです」
押し問答をしていると、暗闇の向こうで、先ほどの老人が海に向かって歩いていくのが見えたという。
「おじいさんは波打ち際まで行くと、そのまま立ち止まることなくすぅっと海の中へ入っていきました。まるでその先に道が続いているかのように歩いていき、足から胸元、頭と消えていった。それを見て、『おばちゃん! さっきのおっちゃんも海に入ってるやん! 俺も入りたい!』とせがんだんです」
しかし叔母から返ってきたのは――……「見たらあかん。今海に入ったら連れて行かれる!」という、必死の叫びだった。当時のことを近藤さんはこう振り返る。
「自分が怪談師をやるようになってから、『あれは生きている人じゃなかったのかも』と思うようになりました。あの夜のことを叔母に聞きたくても、もう亡くなっているから確かめられない。一緒にいた妹や従兄弟は覚えていないそうです。
私は仕事柄、亡くなった方の人生や、ご遺族の思いに触れる機会が多くあります。だからこそ、あの夜に海で出会ったおじいちゃんも、お盆に帰ってきていた死者のひとりだったのではないかと考えてしまうんです」
■「山の頂の先」や「海の彼方」に行きつき、不滅と考えられる霊魂
海からあの世の者がやってくる。夜の海に行くと“連れて行かれる”。こうした言い伝えは昔から各地で語り継がれてきた。なぜ、人々は海とあの世を結びつけたのか。
じつは、仏教が伝来する以前の日本では、自然の向こうにあの世(=他界)があると考えられていた。代表的なのが、山の頂の先にあの世があるとする「山上他界観」と、海の彼方にあるとする「海上他界観」である。他界観とは、大まかにいえば死後の世界についての考え方だ。古代の日本では、海や山の先にある“あの世”に行きついた死者の霊魂は不滅であり、ときおり現世に降り立つとも信じられていた。
近藤さんが不思議な体験をした三重県にも、海上他界が信仰されてきた地域がある。紀伊半島南部の熊野だ。古代熊野の人々は海と密接に結びついて暮らしていた。水葬が行われていたことなども、海上他界観の形成に影響したと指摘されている。もっとも、海上他界観は熊野だけでなく、九州や四国など海沿いの地域を中心に各地に存在する。沖縄の「ニライカナイ」もその一例だ。
古代の海上他界観は、やがて仏教の観音信仰と習合していった。平安時代になると、観音菩薩が住む浄土「補陀落山(ふだらくさん)」を目指し、僧侶が海へ船出する「補陀落渡海(ふだらくとかい)」が行われるようになる。しかし、その航海は極めて過酷で、多くの人が飢餓や遭難によって命を落としたという。
海から死者がやってくる。そんな怪談の根底には、日本人古来の他界観が潜んでいるのだろう。
海上他界観に基づくならば、近藤さんが出会った老人は、海の彼方の他界から現れ、再びそこへ戻っていった魂だと解釈できる。「夜の海へ行くと連れて行かれる」という現代の私たちが抱く畏怖も、古の人々の信仰の名残なのかもしれない。
参考文献
福田アジオ編『日本民俗大辞典』吉川弘文館, 1999年
桜井徳太郎編『仏教民俗学大系3 聖地と他界観』名著出版, 1987年
佐﨑愛「現代民話に見る他界観分析―「よみがえり」から見る他界と現世の境界―」(『東北宗教学』12号 pp149-182), 東北大学大学院文学研究科宗教学研究室, 2016年