■「人づくり」「小屋づくり」「道づくり」に尽力
1968(昭和43)年、林野庁からの要請を受けて、正泰は岩小屋沢岳と鳴沢岳の鞍部に新越乗越山荘(現・新越山荘)を建設。これによって3つの山小屋を経営する現体制が確立した。70年代後半になると、当時大学生だった一正も山小屋に入るようになる。しかし、小屋を継ぐことについては「あまり乗り気ではなかった」という。
一正さんは、いつから山小屋に?
一正「中学生のころから夏休みになると歩荷の手伝いをしていました。親に言われて渋々でしたが、山に登ることは好きでしたね。子供心に『山って、いいところだなぁ』と。ただ、おやじとの折り合いが良くなくて、20代のころはずっと家を離れたいと思っていました」
それでも山小屋を継ぐ決心をされたのは?
一正「やはり家業ですから。それに私が小屋に入るようになった70年代後半、おやじは町で建設関連の仕事も営んでいて、そちらに注力をしていたから、ほとんど山には上がってこなかったんです。ですから、山小屋の仕事も、おやじではなく、その時々の小屋番や支配人に教わりました。なかでも、おやじと同郷の竹村昭八さんという人が長く入ってくれていて、小屋のことや登山道のことをいろいろ教えてもらったし、相談に乗ってもらったりもしていました。竹村さんは40年近くうちの小屋にいてくれたんじゃないかな」
一正さんの代になって、力を入れてきたことは?
一正「どこの山小屋でも同じだと思いますが、『人づくり』『小屋づくり』『道づくり』の3つはしっかりやっていこうと考えていました。人については、小屋ごとに支配人とその片腕になる従業員2~3人を最低限確保しなければ、小屋の運営はできません。幸いうちは人に恵まれて、竹村さんのように長く働いてくれる人が多いんです。今でも20~30年働いてくれている従業員が数人いて、彼らがそれぞれの小屋で上に立ってやってくれています」
「小屋の建物に関しては、私が働きはじめたころ、どの小屋も構造的にものすごく使いづらくて。種池山荘はその最たるもので。たとえば、屋外にトイレがなく、屋内のトイレも食堂を通らなければ行けなかったので、宿泊者の食事中にトイレに行く人が食堂を行き来する、という状況だったんです。そうした使いづらさをどうにか改善したいということがまずありました」
「また、環境への負荷を減らすため、トイレの改修にも力を入れてきました。2000(平成12)年には新越山荘でミカレットという燃焼処理式のトイレを導入し、2004(平成16)年には冷池山荘のトイレを土壌処理方式に変えました。種池山荘のトイレはまだ手つかずで、私が元気なうちに新しくしたいと思っています」
■赤岩尾根の登山道整備
ここ数年、一正が最も力を入れて取り組んでいることのひとつが、冷池山荘の南側、冷乗越(つべたのっこし)に突き上げる赤岩尾根の登山道整備だ。初心者向けの柏原新道とは異なり、急登が続き、途中に岩場やクサリ場などもあるルートだが、一正は「この道ももっと多くの人に歩いてもらいたい」と語る。
「道づくり」は主に柏原新道の整備になるのでしょうか?
一正「うちの山小屋のお客さんのほとんどが柏原新道を往復する行程で来られているので、定期的に点検をして必要なところには常に手を入れています。ただ、個人的には、赤岩尾根も歩いてもらいたいという思いがありまして。それでここ数年は、赤岩尾根の登山道整備にも毎年入るようにしています。5年計画で階段を作り直したりしていて、あと2、3年で何とか歩きやすい道にしたいと考えています」
一正さんも現場に?
一正「出ています。私もまだまだ動けますので。自分で作業しながら、息子たちにしっかりと道直しの技術を教えていきたいと思っているんです。それに私としては、小屋でお客さんの相手をしているより、土方仕事をしている方が好きなんです。そこはおやじの血を引いているのかもしれませんね」
種池山荘では手作りピザが名物になっていますよね。
一正「夏と秋のピザ祭りをはじめたのは2012(平成24)年からです。その数年前に山麓の爺ヶ岳スキー場で『パウダーパフ』というレストハウスを開業し、ちょうどピザ作りに精通したスタッフがいたものだから、はじめはそこで手作りピザを出していました。その後、せっかくだから山でもやってみようと提供しはじめたら、いろいろなところで紹介をしてもらって山荘の看板メニューになってくれたんです」
コロナ禍以降、収容人数を減らしていますが、その影響はいかがですか?
一正「定員は一番多く入れていたころの約40%にしています。たとえば、冷池山荘はコロナ禍前が250人で、現在は120人です。人数としては大きく減っていますが、年間の売上はコロナ禍前の数字に9割方は戻ってきています」
「その背景には、平日に泊まってくださる登山者の方が増えていることが大きな要因としてあります。事前予約制になって、土日の宿泊予約が取れなかった方が、平日に来てくれるようになったんです。うちとしても休日に集中せず、分散してくれるのはありがたいことですので、平日は宿泊料金を割引するサービスを行っています」
北アルプスや中部山岳国立公園の魅力はどこにあると思いますか?
一正「日本には各地にすばらしい山がたくさんありますが、北アルプスは別格だと思います。剱岳や槍ヶ岳のような切り立った岩の山もあれば、双六岳みたいに真っ平らな山もあるし、焼岳のような火山もある。また、温泉もあるし、雪渓歩きも楽しめる。バラエティに富んでいて、さまざまな楽しみ方がありますよね」
「そんなすばらしい環境で私たちは山小屋をやっているのですから、商売一辺倒ではなく、この自然をいかに守り、ともに生きていくかということも、しっかりと考えていかなければと思っています」
後立山連峰の盟主である鹿島槍ヶ岳は、どこから眺めても容姿端麗な山容が目を引きます。この山域で半世紀、山の仕事に携わってきた一正さんのお気に入りの展望ポイントがあれば、ぜひ教えてください。
一正「爺ヶ岳から望む鹿島槍ヶ岳もかっこいいんですけど、私は岩小屋沢岳、鳴沢岳、赤沢岳あたりから眺める鹿島が好きですね。横に広がって、どっしりとした重厚感がさらに増す感じがするんです。岩小屋沢岳と鳴沢岳の間には新越山荘があるので、ぜひ山荘をご利用がてら、鹿島槍ヶ岳の展望も楽しんでいただければと思います」