10月下旬。それまでの暑さが嘘のように、霞ヶ浦(かすみがうら)沿岸にも秋の気配が一気に訪れていた。朝晩は冷え込み、空はどこまでも高く澄み渡る。日中の気温は20℃ほどで、湿度も低く、長時間竿を出していても汗ひとつかかない。そんな快適な陽気に思わず心が弾んだ。

 今回筆者が訪れたのは、霞ヶ浦の湖岸沿いにある田んぼの脇を流れる小水路、通称「ホソ」。周囲には稲刈りを終えた田んぼが広がり、のどかな田園風景の中で静かに水をたたえている。そっと水面をのぞくと、春に生まれたタナゴの幼魚(以下、新子タナゴ)たちが群れをなし、陽光を受けてきらめいていた。

 秋から初冬にかけての霞ヶ浦は、新子タナゴ釣りのベストシーズン。この時期ならではの醍醐味である“新子タナゴの数釣り”を味わうべく、今年も現地へ足を運んだ。

■秋のホソは新子タナゴの楽園!  水辺に群れる小さな命たち

霞ヶ浦のホソで、水面近くを群れで泳ぎながら盛んにエサをついばむ新子タナゴ

 霞ヶ浦の湖岸には、湖へと通じる細い水路が無数に走っている。これらは周辺の雨水や農業排水を集め、本湖へ流すために設けられた水路で、釣り人たちは親しみを込めて「ホソ」と呼んでいる。霞ヶ浦をぐるりと一周するように続くこの水路は、地域の暮らしと自然を結ぶ、大切な存在だ。

 今回釣りを楽しんだのは、イネ田の脇を流れるホソ。稲刈りを終えた田んぼでは刈り株から二番穂(にばんぼ・稲刈り後に残った株から再び伸びた稲穂のこと)が風に揺れている。草むらの中からはコオロギやスズムシの声が響き、柔らかな陽射しの下には、のどかな秋の情景が広がっていた。湖につながる水門に近く、水通しの良いこの場所では、水面近くを群れで泳ぐタナゴの姿がはっきりと見えた。

 春に孵化した新子タナゴたちは、秋になる頃には2〜3cmほどに成長し、群れをなして活発に泳ぎ回っている。秋のホソは、そんな小さな命たちが輝く舞台である。

■誰でも楽しめるのに奥が深い、繊細なタナゴ釣りの世界

秋の柔らかな陽射しを浴びながら、霞ヶ浦のホソでタナゴ釣りを楽しむ人

 タナゴ釣りは、誰でも気軽に楽しめる一方で、突き詰めるほどに奥深い釣りでもある。使用する竿は40~80cmほどの小物竿で、糸は髪の毛ほどの細さ。ウキはわずか1cm前後で、アタリはほんのかすかな揺れとして現れる。小さな動きに全神経を集中させ、呼吸を止めてアワセを入れる。その一瞬にこの釣りの魅力が凝縮されている。

シモリウキのわずかな動きに全神経を集中し、アワセを入れる

 今回狙うのは、霞ヶ浦に生息するタナゴの中でもっともポピュラーな「タイリクバラタナゴ」。成魚でも5〜7cmほどと小さく、春から初夏にかけて生まれた新子タナゴは2〜3cmほどしかない。口が極端に小さいため、針掛かりさせるには繊細な仕掛けと絶妙なアワセのタイミングが求められる。だが、秋の新子タナゴは活性が高く、群れで行動するため、うまく群れを捉えれば連続ヒットも夢ではない。

 この日も、仕掛けを投入するとすぐにウキが小刻みに震えた。アタリが続くたびに心が弾み、気づけば時間を忘れて夢中になっていた。

■新子タナゴ釣りを支える極小バリの世界「名人たちの技と工夫」

口の小さな新子タナゴの釣りには、掛かりの良い極小バリが欠かせない

 秋のホソで狙う新子タナゴは、体長2〜3cmと小さく、口も米粒の先ほどしかない。その繊細な魚を確実に掛けるために、タナゴの数釣り名人(以下、名人)たちは極小バリの研究を重ねてきた。

 現在では、新子タナゴ用の極小バリも市販されており、ひと昔前に比べると精度は格段に上がっている。それでも名人たちは満足せず、市販の極小バリを顕微鏡を覗きながらヤスリで削り、ハリ先を短く、そして細く整える。

 短くすることで口の中に入りやすくなり、細くすることでハリ自体が軽くなって、魚がエサを吸い込むわずかな力でも口の中に入りやすくなるのだ。なかには、極細の針金(ステンレス線やピアノ線など)を素材に、一から曲げと削りで仕上げる人もいる。

 筆者が今回使用したのは、そうした名人から「よかったら使ってみて!」と手渡された自作バリ。軸が極めて細く、刺さりが良いだけでなく、軽さゆえに新子の小さな口にもスッと入る。さらにハリスも細く短く仕上げられており、この小さな釣り針に、長年の経験と工夫が凝縮されている。

左が名人自作の極小バリ、

右が市販の新子用極小バリ。名人のハリは軸が細く、ハリ先も鋭い(背景は1mm方眼)