1997年9月30日の最終便をもって役目を終えた、“横軽”こと信越本線の横川駅(群馬県)〜 軽井沢駅(長野県)区間。廃止された線路の跡は現在「アプトの道」という名の遊歩道として整備され、新たな歴史を積み重ねています。

今回は日本の近代化を物流で支えた廃線跡を、普段は入ることができない奥の奥までガイドの案内で巡る「碓氷峠 廃線ウォーク」の様子をレポートします。
■“生きた廃線”からしか得られない栄養分がある
交通の主役が自動車へと移った1980年代をピークに国鉄(現JR)は、赤字路線の廃止を加速させます。2018年から始まった「碓氷峠 廃線ウォーク」は、1997年に廃線となった通称“横軽(よこかる)”と呼ばれる、横川と軽井沢の区間を繋いでいた信越本線の線路跡を徒歩で辿れるユニークなガイドツアーです。

「碓氷峠 廃線ウォーク」は地域振興策として、群馬県安中市の観光機構が中心となって行うイベントで、とくに今回は全日本ラリー選手権「加勢裕二杯 MONTRE 2025」の開催に合わせて観戦のために企画された、特別なツアーとなります。

明治26(1893)年の着工からわずか1年半で開通した“横軽”。遊歩道の名前の由来のアプトとは、登山鉄道などでみられる特殊な鉄道システムのこと。11.2kmの区間で標高差552mを登る急坂のため、当初は線路中央に敷設されたギザギザのレールに、機関車に搭載されたギアを噛み合わせて登坂していたのです。

当時日本最大の輸出品・絹の生糸(きいと)の産地であった群馬・長野・新潟を東京に直結することで大量の輸送が可能となり、欧米との貿易による外貨獲得に貢献しました。
「アプトの道」にはトンネルや橋梁などがほぼ廃止当時のまま良好な状態で残存。一般観光客でも歩きやすいよう丁寧に整備されていることから、廃線から30年近く経ったいまも「生きた廃線」として新たな価値と魅力を創出し人気スポットとなっています。
■“真っ暗な井戸に入っていくような急勾配”でも徒歩なら楽勝!?
ツアーの起点は、横川駅に近い温泉施設「峠の湯」から。アプトの道の終点「熊ノ平」の先を目指します。普段は関係者以外立ち入り禁止となっている旧信越本線新線上にてラリーを観戦できるという、かなりレアな体験です。
一般客の入らない特別エリアではほぼストレスなく観戦ポジションを選べるので、のんびりと贅沢にコースを歩いていきます。ちなみに峠の湯の駐車スペースは、今年はツアー客のみ利用可能でした。

ウォーキングツアーといっても、移動ペースはごくゆっくり。クルマや自転車は通行禁止のせいか、写真を撮ったり風景を眺めたりしながらゆっくりと進むことができます。

軽井沢方面に向かう往路は上り坂ですが、日本一の鉄道の難所と言われた道とは思えないほどの穏やかな勾配に驚かされます。
その理由について説明してくれたのは、イベントの運営兼ガイドを務める安中市観光機構の上原将太さん。
「鉄道が走れる勾配の限界は、一般的には1,000m進むごとに25m登る25パーミルと言われています。対して“横軽”は、最大66.7パーミルと2倍近い極端な急勾配。とはいえそれは車両の重い鉄道を安全に運行させるための基準なので、人間にとってはこのとおりごく緩い坂道というわけなんです」(上原さん)

上原さんの祖父の芳徳さんはかつて機関士として信越本線に関わり、碓氷峠の急坂を下るときは「真っ暗な井戸に入ってくようだった」と、当時の様子を話してくれたのだそう。

廃線跡のトンネルにはいまでも、当時の鉄道設備がところどころ残っており、急坂に挑む列車の様子を想像しながら穏やかな自然のなか散策を続けます。

「アプトの道」最大の見どころのひとつが、5号トンネルの先にある日本最大級のレンガ造りの4連アーチ橋「碓氷第三橋梁」からの景観です。

峠の湯から数えて3番目のこの橋は、約203万個のレンガで作られた長さ91m、高さ31mの橋脚が丸く弧を描く圧巻の建造物。「めがね橋」の愛称で知られており、眼下を走る旧国道18号線(中山道)の先に見下ろす豊かな自然はまさに絶景です。

アプトの道にはこの「めがね橋」のほか、第2橋梁から第6橋梁までの5基が残っており、すべてが煉瓦造りで、国重要文化財に指定。自然と同時に歴史的価値のある建造物の佇まいも満喫できます。