■「なぜ地図が読めるようになりたいのか」 素直な思いを聞いてみた
筆者は、講習中は余計なことを一切言わない。経験者はつい自分の読図知識を披露してしまいがちだが、覚えることが多いと初心者はかえって混乱してしまう。
登山歴3年のM子さんも、これまで2〜3回ほど地図読み登山講習を受けたものの、後ろについて歩いて説明を聞くだけで、なかなか習得までに至らなかったという。
そんなM子さんだが、「誰かの後ろではなく、自分の力で山を歩けるようになりたいんです。それに、スマホに万が一のことがあったときのことを考えると怖いんです」と、地図が読めるようになりたい明確な理由があるようだ。
彼女に「今日は緊急時と撮影以外でスマホは使用禁止です」と伝えると、「それだけでワクワクします!」と予想外の反応。まるで宝探しに出かける子どものような笑顔を見せてくれた。
■「もう遭難しそう……」から始まった地図読みチャレンジ
まずは駅のベンチでワークタイム。地図にピーク、尾根線、谷線を書き込んでもらう。最初こそ戸惑っていたM子さんだが、線を引いているうちに「あっ! 立体になってきた。こんな風に山が見えてくるんですね!」と、早くも発見の喜びを感じてくれた。
そして駅を出た瞬間、最初の気付きが訪れた。M子さんは道路を西に向かって歩き始める。なぜそちらの方向だと思ったのかと尋ねると「山が見えたから」と。
改めてコンパスで確認してもらうと、目的の山は反対方向。そう、見える山が必ずしも目的の山とは限らないのだ。
登山口まで10分ほどの距離だが、グーグルマップに頼らず登山口まで歩くのは案外難しい。しかし、方向と分岐を意識して歩くには、まず市街地でコンパスを使って歩くのが一番の練習になる。道が分かれるたびに立ち止まって方向を確認するという基本動作が、自然とM子さんの体に染み込んでいく。そして、この習慣は山中での行動にもしっかりと活かされるだろう。
30分ほどかけて、ようやく登山口に到着。「ここまでで、もう遭難しそうです」とM子さん。筆者の「住宅街の中は、遭難でなくただの迷子ですよ」の一言に、思わず恥ずかしそうに笑った。
ようやく登山開始。自分が歩いている地形が尾根なのか、谷なのか意識して歩く。分岐では必ず立ち止まり、山頂に着いたら休憩する前に進むべき方向と登ってきた方向を確認する。山頂からはあらゆる方向に登山道が延びていることが多く、ここで方向を間違うと、まったく別の方向に進んでしまい、道迷いの原因になるからだ。
登山アプリでは示す方向に進めばよいが、地図では必ず山頂での方向確認が重要になる。
■「宝探しみたい!」 地図で広がる新しい山の世界
M子さんは、何度か地図読み経験があるだけあって、尾根と谷の区別はスムーズにできていた。当初、山でスマホが使えなくなった場合に備えて、地図が読めるようになりたいと考えていたが、今回の登山で地形を感じて山を歩く魅力に気付いたようだ。登山中も「とてもおもしろいです!」と何度も声を弾ませた。「必要だから」と始めた地図読みが、「楽しい」に変わった瞬間である。子ども時代、山が遊びのフィールドだったというM子さんは、その記憶を思い出したという。
ただ地図に集中するあまり、周囲の風景を見る余裕がない。もっと周りの景色を見られるようになれば、更にステップアップするに違いない。
地図読み習得への近道は、楽しむことにあるはずだ。実際に楽しいと感じている人ほど、上達が早い。最初は、地図と目の前の景色を見比べることで精一杯かもしれない。しかし、慣れてくると周りの地形が少しずつ見えてくる。そんな発見の連続が、山歩きをもっと楽しいものにしてくれるのである。
頭と体をフル活用して登った山頂からの眺めは、努力の結晶そのものだ。誰かに連れられて見た景色とは、まったく違う輝きを放っている。ぜひ、地図読みの楽しさを体感してみては。