■すべてはお客様に「楽しんでもらうために」

現在の燕山荘。右奥には槍ヶ岳が望める《写真提供:燕山荘》

 100年を超える長い歴史を通じて、燕山荘は常に新しいこと、ほかとは違う独自のことにいち早く取り組んできた。その原動力となっているのは「お客様に山での時間を楽しんでもらいたい」というホスピタリティの気持ちである。

燕山荘では代々、ほかの山小屋とは違う、新たなことを取り入れながら、山小屋経営をされてきました。そうした「パイオニア精神」が赤沼家に受け継がれてきた伝統なのでしょうか?

健至「新しいものを取り入れるというより、『時代の流れに合わせてきた』ということだと思います。お客様が求めるものは時代によって変わっていきます。それをどう見極めて、時代に合わせていくか。そこが大事なんです」

燕山荘の食堂《写真提供:燕山荘》
喫茶室サンルームと、山小屋とは思えない本格的なケーキメニュー《写真提供:燕山荘》

根本にあるのは、お客様を喜ばせたい、楽しませたい、というホスピタリティの気持ちなんですね。

健至「みなさん、山や自然を楽しみたくて、登ってくるわけじゃないですか。だったら、山小屋に泊まること自体も楽しんでいただきたい。すべてはそのためにやっているんです」

 「時代によってお客様が求めるものは変わっていきますが、一方で同じ時代でも山の楽しみ方は一人ひとり違います。高山植物を見たい人もいれば、おいしいご飯を食べたい人、美しい景色を眺めたい人、雪山を登りたい人、ほんとうにいろいろな楽しみ方があります。私としてはできるだけ多くの人に楽しんでいただけるよう、山小屋がその窓口になれればいいなと思っているんです」

だから、多彩なイベントを実施されているんですね。ちなみに、今後やってみたいことなどはありますか?

赤沼大輝さん(以下、大輝)「ひとつには、有難いことに燕山荘は常連のお客様が多いので、常連の人同士のつながりをもっと深めるとともに、新たなリピーターを増やす仕組みを作っていければなと。今、日本全体で人口減少が問題視されていますが、それは登山人口も同じで。山に登る人を増やすか、リピートしていただけるお客様を増やすか、のいずれかになってくるかと思いますが、一山小屋として最も現実的なのは、リピートしていただけるお客様をいかに増やしていけるかだと思います。

赤沼大輝。以前は東京のシステム営業会社で働いていたが、2022年から長野に戻り、山小屋で働いている

人口減少も一つの「時代の流れ」ですよね。その流れにどう対応していくか。

大輝「そうなんです。たとえば今、燕山荘グループでは『クラブ燕山荘』というポイントカードがあります。グループの宿泊施設に10回泊まると、1泊分が無料になるサービスを行っていますが、内容を調整したり、付加価値をつけたりして、年に何回も利用してくださるリピーターの方を増やせるのではないかと考えています。また、登山人口を増やすという点では、最近『ウエディングフォトを燕山荘で撮ろう』という方もいらっしゃいます。山好き夫婦が山好き家族になり、山好きコミュニティを増やしていっていただけたら非常に嬉しいですし、そのお手伝いができればと思っています」

健至「私は、これからはより一層『会話』ということが大事になると考えています。山って、道ですれ違った人同士があいさつをしたり、山小屋でも初対面の人がすぐに打ち解け合える、ほかにはない独特な世界ですよね。山小屋の雰囲気やサービスも、お客様同士、お客様とスタッフの会話が弾むような何かが今後、求められていくんじゃないかと」

大輝「そのためには、山小屋はこれまで以上にスタッフの存在、つまり『人』が鍵になると思うんです。燕山荘はこれまで、建物がきれい、ご飯がおいしい、スタッフの対応が丁寧といったことでお客様に高い評価をいただいてきましたが、今後はもっと人にフォーカスしていきたい。スタッフの誰々と話をしたいから、会いたいから、泊まりに来たという、人との深い関わり合いがもてる山小屋にしていきたいですね」

小学生以下のお子様に燕岳の登頂証明書をプレゼントしている《写真提供:燕山荘》

先ほどの健至さんのお話で、かつての燕山荘では初代の千尋さんと会って話をしたいがために小屋を訪ねてくるお客さんが大勢いらっしゃったと。そうした原点に回帰していくのかもしれないですね。

松本の事務所にて