■湿原と牛の群れをかき分けて一気に下山

 グラン湖でアルプスの絶景を満喫したあとは、来た道を戻ってバルブステル小屋で遅めのランチをゆっくり楽しんだ。湖たちも早朝とはまた違った美しい姿を見せていて、何時間でも眺めていたかったが、今日はここからさらにシャンデプラツ渓谷の村まで約3時間の下りが待っている。美味しい鹿肉のシチューで腹ごしらえを済ませ、後ろ髪をひかれつつも気を入れ直して歩き出した。

 シャンデプラツまでのルート上には、切り立った崖の周りにめぐらされた吊り橋を蜘蛛のように這って歩く場所や足元がぬかるんだ湿原エリア、さらには放牧された牛の群れの真っ只中を突っ切って進む場所など、文字通り多彩なステージが用意されていた。牛の大群(と足元の落とし物の山)を見た時は、「この中は立ち入り禁止だろう」と思ったのだが、地図も標識もここを横切ることになっている。立ち止まって考え込んでいると、人懐っこい牛たちが珍しそうに近寄りながら集まってきた。遠くに人影が見えたので、身振り手振りで「ここ通っていいんですか?」と聞いてみると、来い来い、と手招きしてくれた。もはや360度ぐるりと取り囲んでいる牛たちに「すみません、通してください」と言いながら、ぐちゃぐちゃにぬかるんだ土の上を恐る恐る進んでいった。どうにかこの難所を通り抜け、登山道に戻って一気にシャンデプラツの村まで降りた。1泊2日のアヴィック山散策は、最後まで予想を裏切る楽しさに満ちていて、忘れられない思い出をたくさん与えてくれた。 

グラン湖からの下りルート上にある平野は野生動物の姿も見られる
ブラン湖、ノワール湖の近くにあるコルヌート湖が見えたら、山小屋までもうすぐ
下山途中、崖下に造られた壊れそうな吊り橋を渡る
登山ルートは放牧された牛の群れのど真ん中。近寄ってくる牛たちと足元の両方に注意しながら横切っていく