■言葉を失う壮大な歴史の痕跡
広大な敷地内を歩いて行くと、視界が開けた先には遠くに近代的なマンション群、その手前には打ち捨てられた古い農家の跡という不思議な風景があった。まるで異なる時代の境目に立っているような感覚に陥る。公式サイトによると、今でこそ公園としてその自然が守られているこのエリアは、もともと旧石器時代から農地として利用されてきた歴史を持っており、なんと紀元前7万年から紀元前3万5千年以来、古代ローマ時代を経て現在に至るまで、人類がこの地で農業を営んでいた痕跡が残っているという。
さらに、地質学的な視点から見ると、小さな丘に囲まれた盆地のような地形は、70万年前から起こったコッリ・アルバーニ火山群の最初の噴火によって出来上がったものだった。ところどころに大きく盛り上がった壁のような土地が続いているのは、その時以後の噴火によって多くの異なる種類の凝灰岩(ぎょうかいがん)が積み重なってできたものだという。
研究によると、この下の最古の層にはピソリシック凝灰岩(70万6千年前~68万年前)が発見され、その上にはセメントの原料として知られるポゾラン(52万8千年~33万8千年前)が重なっている。さらにこの二層の合間には黄色い礫岩(れきがん)の層があり、その後33万8千年前に起こった激しい噴火による別の凝灰岩の層も見つかっている。最上部には、人工的に一部を埋め戻しで構成している表層があり、これは古代ローマ時代に採石場を開発し、その後何世紀にもわたって改造されてきたためこのような形が残っているのだそうだ。
現代人のわたしたちが日々忙しく暮らす住宅街の目と鼻の先にこんな壮大な歴史の痕跡が残っているとは、改めて驚きに言葉を失った。
緑のトンネルをくぐったり、起伏の激しい丘を越えたりしながら2時間ほど歩いたところで、シートを広げてパニーノでランチを楽しむことにした。なんてことないパニーノも、こうして草の上に座ってかぶりつくとひときわ美味しく感じる。古代人もこうしてここに腰掛けて農作業の合間にご飯を食べたのかしら、などと話しながら、鳥の鳴き声と草木のそよぐ音しか聞こえないのどかな時間にどっぷりと浸った。
ランチの間、「トールマランチャ」という名前がどこから来たのかという話題になった。すると、物知りの仲間が、「古代ローマ時代の解放奴隷の名前だよ」と教えてくれた。映画などで知っている人も多いと思うが、古代ローマ時代、奴隷たちは強制労働に駆り出されたり、コロッセオで戦わせられたりと悲惨な運命を辿った。しかし、一部の功績を残した奴隷、例えば、コロッセオの戦いで勝利した奴隷などはその報酬として奴隷の身分から解放され、市民権と幾多の報酬が与えられた。
トールマランチャの敷地内には古代ローマ時代の貴族の住居跡がいくつも存在するのだが、このうち最も裕福な館といわれる「ヴィラ・デイ・ヌミシイ」の敷地内に、屋敷の管理者であった解放奴隷「アマラントゥス」の名が残っている。詳しい経緯は不明だが、このアマラントゥスはコロッセオで勝利して奴隷から解放され、自由民としてこの農地を報酬として与えられてここで暮らした、ということらしかった。壮絶かつ波瀾万丈なアマラントゥスの人生に思いを馳せつつ、再び広大な敷地内の散策へと足を踏み出した。
文・写真/田島麻美