■新店舗オープンは自らの手で

 旧店舗の退去・移転費用や新店舗の保証金、そして内装費用などを捻出するには、ぎりぎりの予算を組んでいた。ところが、あてにしていた入金が滞り、保証金の支払いができない。

 大家さんは「先に鍵を渡すから内装を始めてもいいのよ。保証金はこのご時世だから気長に待つわ」といってくれた。でも、そうはいかない。金策に走り回った。「おちゃらかの再開を期待している」と助けてくれる人が現れた。ありがたかった。おかげさまで6月末には正式契約を済ませられた。次は新店舗の内装だ。

 空っぽのオフィス用物件を店舗に改装する。店舗の図面を初めて見たときから内装のプランを練り、頭の中でイメージをふくらませ、すでにラフな設計図はでき上がっていた。

 普通は内装業者に工事を依頼するところだろう。だが、そんな時間はなかった。業者に私のイメージを伝え、形にするには最短でも2ヵ月はかかる。それ以前に、私の手元には数十万円しかない。

 それなら自分の手で内装工事をやればいい。お仕着せではなく、自らの愛情が込もった店を作るんだ。オープンの日付は縁起をかついで「一粒万倍日」の7月26日に決めた。予算は20万円。

 自分で描いた設計図に従って、床材や壁の下地板、塗料、和紙などを最低コストで買い揃える。実際に工事を始めたのは7月10日。工期は2週間。大急ぎだ。毎日店に通い(時には泊まり込んで)ほぼ1人で作業を進めた。

 朝から晩まで作業をしていると、路地を行き交う人の流れがよくわかる。朝、近所の人が出かけていく。ビジネスマンがオフィスに通ってくる。日が暮れると近所の居酒屋から料理の匂いと賑やかな声が聞こえてくる。

 「このまちに似合う店、ここにずっとあったような店を作るんだ」

 そんなふうに思いながら工事を進める一方で、行き交う人に「こんにちは。今度ここでお茶屋さんをやるから、でき上がったら見にきてね」と声をかける。徐々に顔なじみが増えてくる。休憩中に近所の人が町内会のことやまちの年中行事、ごみの出し方などを教えてくれる。心強く思いながら手を動かす。楽しい2週間だった。

工事中の店の様子 
壁に漆喰を自分で塗る