■和歌山電鐵貴志川線

 武蔵国や相模国といった「国」には、一宮と呼ばれる格式の高い神社がある。ただし、国によっては2社以上の一宮があり、たとえば東京都をふくむ武蔵国は多摩市の小野神社とさいたま市の氷川神社、摂津国(現大阪府と兵庫県の一部)は住吉大社と坐摩(いかすり)神社。同様に、紀伊国(現和歌山県)にも一宮は3社あり、そのうちの2社が沿線に鎮座するのが和歌山電鐵貴志川線だ。

 貴志川線は1916年に山東軽便鉄道の路線として開業。山東軽便鉄道は1931年に和歌山鉄道と改称し、1957年の和歌山電気軌道と合併する。1961年に和歌山電気軌道は南海電鉄と合併し、貴志川線は南海の支線となる。

 だが2004年、南海は赤字路線の貴志川線を翌年で廃止することを発表。これを受けて和歌山県と和歌山市、当時の貴志川町は貴志川線の存続で合意して事業の引き継ぎ先を公募する。応募した9つの企業や個人の中から岡山電気軌道が選ばれ、運営会社として和歌山電鐵を設立し、現在にいたっている。

 そもそも貴志川線は、日前(ひのくま)・國懸(くにかかす)神宮と竈山(かまやま)神社、伊太祁曽(いたきそ)神社への三社参りを目的として敷設されたものであり、この3社のうち日前・國懸神宮と伊太祁曽神社は紀伊国一宮を称している。ちなみに、もう1社は伊都郡かつらぎ町の丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)である。

 貴志川線の駅数は14で、和歌山駅を出て田中口を過ぎた次の駅が日前宮駅だ。日前(にちぜん)宮は日前神宮と國懸神宮の総称で、両社は同じ境内に鎮座している。駅からの距離は徒歩約1分。樹木がうっそうしげる境内は森閑としていて、街中の聖地という印象を受ける。

■kishigawa_train 日前宮駅に停車中の「たま電車」と「いちご電車」

 「たま電車」と「いちご電車」は、外観だけでなく内装もコンセプトに合わせた工夫がなされている。ほかにも「うめ星電車」「たま電車ミュージアム号」と鉄道CGアニメ「チャギントン」のラッピング電車が運行されている。ダイヤは原則として1時間に2本。沿線観光よりも、1日乗車券を使って電車に乗ることだけ楽しむ乗客もいるという。

■nichizen_shirine 日前宮の境内入り口

 日前宮は道路や住宅、学校などがある市街地に鎮座するも、境内は樹木に覆われた神聖な雰囲気に包まれている。創建は約2600年前の神武天皇2年とされるが、現在の場所に遷座したのは紀元前16年ごろだと伝えられている。

■竈山、伊太祈曽へ

 日前宮駅の次が神前(こうざき)駅で、その次が竈山(かまやま)駅。竈山神社までは約600メートル、時間にして徒歩約10分だが、さほど苦になる距離ではない。ただし、自動車の通行量が多いので注意は必要だ。

 竈山駅から交通センター前駅、岡崎前駅、吉礼(きれ)駅をへて伊太祈曽(いだきそ)駅へ。伊太祈曽駅は貴志川線の車両基地があるため、運行されていない同路線の列車が見ることができる。この駅から伊太祁曽神社までは徒歩約5分。神社への参詣を目的とした路線だけあって、やはり駅からのアクセスはいい。

■kamayama_shirin 竈山神社の神門

 竈山神社の創建は不明だが、神武天皇の東征の際に戦傷で亡くなった兄の彦五瀬命を葬り祀ったとの伝承があることから、やはり2600年以上の歴史を有するとされる。周辺は幹線道路も通じているが田園風景も広がり、また本殿の背後には彦五瀬命の墓と伝わる竈山墓がある。

■itakiso_shirine 伊太祁曽神社の境内入り口

 もともとは日前宮の鎮座する場所にあり、日前神と国懸神が同地に祀られることになったため、移転したと伝えられている。創建は不明だが、境内は小高い山の中腹にあり、主祭神は林業の神である五十猛神。木の神を祀っているので境内には多くの種類の木々が植えられ、木の種類名もプレートに記されている。