■環境と観光。そして国立公園の価値
真冬の釧路湿原を体験する旅の最後は鉄道で締めくくった。
北海道といえば、誰もが憧れる北の大地。美味しい食べ物がいっぱいで、人気の観光スポットもたくさんある。だが、冬は厳しい。単に“寒い”という気候的なことだけではなく、経済的にも厳しいのだ。ニセコなどの有名なスキーリゾートやオホーツク海の流氷など、冬の観光もないわけではないが、特に釧路湿原のある道東エリアにおいては、スキー場などのレジャー施設も少ないため、観光客は多く望めない。そして国立公園は、自然環境の保護が大前提であるという認識がまだまだこの地区の方々の意識に根強い。
「釧路湿原が国立公園に指定されたのは1987年です。地域の人々が自然保護活動に参加し、開発から湿原を守る様々な努力や自然を再生する活動の結果でした。その後も元来の生態系を維持するための施策を継続してきました。釧路湿原の河川環境をラムサール条約登録当時(1980 年)の自然に戻すことを目標に、釧路湿原再生事業として標茶町茅沼地区の釧路川の蛇行流路が再工事で復元され、30年ぶりに通水しました。釧路湿原がラムサール条約湿地に登録されてから40周年を迎え、自然観察会や市民調査、シンポジウム等各種の事業が行われます。
国立公園は、もともと地域振興のための施策であり、計画です。高度経済成長期における適度な開発への抑止としてはたらいている国立公園のイメージがどうしても地域の根深い意識の根底にあります。いま求められているのは、自然環境を守りながら、それをしっかりと資源として捉え、地域活性化に繋げることです。
そう考えると、国立公園で捉えられる“規制”は、上から押しつけられる制約ではなく、地域資源を守り、有効に使っていくための、地元の重要な“ツール”なんです」
こう話すのは、環境省釧路自然環境事務所の滝口氏だ。国立公園は、その地域の自然や景観などの保護だけでなく、「その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資する」ことをも目的としている(自然公園法1条)。自然保護と観光との両立は難しい問題だが、世界中が取り組んでいる課題でもある。国立公園の自然環境を保全するとともに、地域観光にも活かしていくにはどうすべきかを模索しているのではないかと思う。
自然環境を守りながら、そこで生活する人々と協力して地域経済を回す。循環型でサステナブルな社会を実現するためには必要な取り組みだ。最初に紹介したカヌー体験もその一環である。釧路湿原国立公園内では動力を使った船を使用することは基本的にできない。それは当該国立公園の資源(ここでは静寂な自然環境)を守ること。その“規制”は湿原を観光資源として把握していることをも含んでいるのだ。
国立公園を、また、釧路湿原を活用する方法の一つとして、やはりカヌーは最適だということが分かる。スノーホーストレッキングも然り。もちろん体験する側の自然環境への理解が必要となってくるが、有効な観光コンテンツになり得るかもしれない。
「自然公園法の施行状況等を踏まえた今後講ずべき必要な措置」として、パタゴニア日本支社環境社会部門の篠健司氏はこう語る。
「アウトドア・レクリエーションが提供する5つの主要な価値として、1.健康とウェルネス、2.青少年育成、3.地域社会の発展、4.環境保全、5.社会的公平。これらの価値を概観したうえで、より包括的な視点で自然環境・自然公園の持つ価値を評価し、必要な措置を検討することが望ましいでしょう。野外で過ごす時間は身体的、精神的健康を改善しますし、アウトドア活動そのものが、子どもや家族、地域社会を結びつける社会的要素であって、環境を守りたいという姿勢の基盤は、アウトドア活動と自然環境の個人的なつながりだと思っています」
近年のアウトドアブームの背景にも野外に身を置くことで得られる心身の健康がある。篠氏の言葉通り、教育や社会活動にも大きな影響を与えているはずだ。
「国立公園におけるコンテンツ創出と利用のあり方を検討する」という目的で参加した真冬の釧路湿原を体験する旅。様々なクリアすべき課題もあるが、体験したコンテンツは十分に魅力的だった。アウトドアツアーのスペシャリストで、道東にも何度も足を運んでいるというアルパインツアーサービスの小林博史氏も「新しい発見の連続でした。特に乗馬文化をはじめとした標茶町の歴史とホーストレッキングを組み合わたツアープロダクトには、国内、インバウンドを問わず大きな可能性を感じました」と語っていた。
冬の道東、釧路湿原国立公園のポテンシャルはかなり高い。ぜひ足を運んでみて欲しい。
●【MAP】釧網本線 茅沼駅