湿原に夕暮れが迫ると、朝とはまた違う濃厚な時の流れを体感する。徐々に低下する気温とともに凛とした空気が漂う。夜の帳が降りると、暗闇の中に強い冷気を含んだ静けさが辺りを包み込む。宿から塘路駅のホームの明かりが見え、その向こうには漆黒の闇と化した釧路湿原が広がっている。
■星空とサウナと鉄道と
本当に時間がゆったり流れている。とにかく静かだ。そして、とても寒い。さっそくオーナーのこだわりが詰まっている自慢のサウナに入る。セルフでロウリュができ、適度な熱波が心地よい。サウナからもホームが見える。黒くて大きな窯の丸い窓から見える炎は蒸気機関車を彷彿とさせる。
「もう少しだけ……」
「あとちょっと……」
限界まで熱いサウナで粘ってから、外へ出て水風呂を浴び(ひー!)、ガウンを羽織ってサウナ前のテラスに並べられたチェアに体を預ける。もちろん氷点下である。火照った身体は急速に冷めていく。気持ち良い。ああ、ととのう……。
氷点下の外気で火照った身体を冷ましていると、静寂を破るようにカンカンカンカンと踏切が鳴り出した。目の前のホームに1両だけのディーゼルカーが入ってきた。乗客はほとんどいない。映画のワンシーンのような光景だ。19時23分、列車はゆっくりと走り出し、やがて闇に消える。しばらくすると湿原の向こうに夜汽車が坂を上っていく様子が見えた。満天の星空の下を走る様子は、まるで銀河鉄道が宇宙に旅立っていくようだった。
不思議な時間だった。夢を見ていたのだろうか。そんな錯覚にも陥る。だが、ここからは本当にそんな光景を目にすることができる。サウナから出て、冷たいビールと美味しい夕食を味わっていると、徐々に現実の世界に帰ってくることができた。それはそうであろう。めちゃくちゃ美味しいのだ。
ここ「THE GEEK」は、本格的なフィンランド式サウナを体験することができる宿泊施設だ。釧網本線の塘路駅からすぐ近くにあり、宿からはホーム越しに雄大な釧路湿原国立公園を望むことができる。
オーナーの達川慶輔さんは2020年に北海道に移住し、豊富な海外経験と前職であるIT業界での経験も活かしてゲストハウスを開業した。
「GEEKとは、自分の“好き”を追求するクールなオタクという意味があります。鉄道、カヌー、ホーストレッキング、サウナ、キャンプ、釣り、バードウォッチングなど、様々なオタクが集まる場所にしたいと思っています。ここは大自然の中にあって、住む人の優しさやぬくもりを感じられる場所です。サウナ目的のお客様が多いですが、鉄道目当ての方も結構いらっしゃいますね」(達川さん)
コロナ禍での開業には心配する声もあったというが、近年のサウナブームもあり、ほぼ予約客で埋まっているという。オーナーの人柄や信念に共感してくれる地元の方々の協力もあり、地域観光の核として新たな取り組みも進めているそうだ。