かつて、世界の登山家達は、エベレストをはじめとした高峰の初登頂を競い合った。エベレスト、K2、アンナプルナ、マナスル……ひと通りの山が制覇されると、次に“グランドスラム系”のレコードが大目標となった。つまり、何らかの基準に該当する山にすべて登頂する、極地に到達するというものである。
それにはどのようなものがあるのだろうか?
■「七大陸最高峰(セブンサミット)」制覇──大陸ナンバー1を総なめする
「七大陸最高峰=Seven Summits」という概念は、1985年にエベレストに登頂したアメリカの実業家であり登山家であるディック・バスが、「七大陸最高峰」とする山にすべて登頂した体験を、同じ夢を追ったフランク・ウェルズ(エベレストのみ登頂ならず)とともに本にまとめたことで認知されるようになった。
バスとウェルズがリストアップした七大陸最高峰は、次の7つである。
・アジア大陸:エベレスト(8848m)
・ヨーロッパ大陸:エルブルス(5642m)
・北アメリカ大陸:デナリ(6190m)
・南アメリカ大陸:アコンカグア(6962m)
・アフリカ大陸:キリマンジャロ(5895m)
・オーストラリア大陸:コジオスコ(2228m)
・南極大陸:ヴィンソン・マシフ(4892m)
それ以前は、オーストラリア大陸と南極大陸を含まない、「五大陸最高峰」という概念が知られていたが、そこではロシア(当時はソビエト)にあるエルブルスではなく、フランスのモンブラン(4809m)がヨーロッパ最高峰とされていた。ちなみに、この「五大陸最高峰」を最初に制覇したのは日本の植村直己である。
「五大陸最高峰」をスケールで凌ぐ「七大陸最高峰」制覇は強いインパクトを登山界に残したが、バスとウェルズのリストは、主に2つの点で議論の対象になった。
まず、「エルブルスのあるコーカサス地方は、地理的、文化的にアジアに近い。そのため、エルブルスはヨーロッパを代表する山とは言い難い」という意見があるのだ。この点から、現在もモンブランを七大陸最高峰の一つとする考えもある。
もう1点、オーストラリア最高峰・コジオスコの標高の問題がある。2228mしかないこの山は、確かにオーストラリア大陸でもっとも高い山ではあるが、他とあまりに差がありすぎる。このことから、イタリアの登山家・ラインホルト・メスナーは、オーストラリアだけではなくオーストラリア大陸とその周辺海域(オーストララシア)に枠を広げ、ニューギニア島にあるプンチャック・ジャヤ(標高4884m)をコジオスコの代わりにリストアップしている。
ただ、一般的に「セブンサミット」といえばバスとウェルズのリストを指す。
バスとウェルズがリストアップした「セブンサミット」をすべて制覇した登山家は300人以上おり、そのなかには、モンブラン、プンチャック・ジャヤにも登頂している人物も多い。
90年代以降はヒマラヤの商業登山が一般化することでエベレストの難度が下がり、セブンサミットの最年少制覇記録が次々に破られていった。日本人では2001年に石川直樹が23歳で、2002年に山田淳が23歳で記録を更新。現在の記録保持者はジョーダン・ロメロ(アメリカ)の15歳だ。
■「8000m峰14座」の制覇──地球上のトップ14をフルコンプする
下記のように、地球上には8000mを超える高峰が14座ある。これをすべて制覇するのは、セブンサミットより難度が高いとされる。
・エベレスト(8848m)
・K2(8611m)
・カンチェンジュンガ(8586m)
・ローツェ(8516m)
・マカルー(8481m)
・チョ・オユー(8188m)
・ダウラギリ(8167m)
・マナスル(8163m)
・ナンガ・パルバット(8126m)
・アンナプルナ(8091m)
・ガッシャーブルムI峰(8080m)
・ブロード・ピーク(8051m)
・ガッシャーブルムII峰(8034m)
・シシャパンマ(8027m)
最初の達成者は前述のラインホルト・メスナーで、1970年から1986年まで、16年の歳月を擁した。21世紀なってからは達成者の人数が増えたが、それでも世界中に30名強しかおらず、日本人では竹内洋岳のみである(2012年に達成)。挑戦の途中で命を落とした者もいる。