【山岳偉人伝  入門編】
このシリーズでは、山岳の世界で偉大なる功績を残した人物の軌跡を、簡単にまとめていきたい。

■第1回 地球上の8000m峰を世界で最初に完全制覇した男、ラインホルト・メスナー

 地球上にはエベレスト以下、8000mを超える山が全部で14座ある。人類でそのすべてを制覇した最初の人物こそ、イタリア出身の登山家のラインホルト・メスナーである。

 メスナーは1970~1986年まで、実に17年の歳月をかけて、その偉業を果たしている。ちなみに、2番目に達成したのはイェジ・ククチカというポーランドの登山家で、それが1987年のこと。3番目のエアハルト・ロレタン(スイス)の達成は1995年と8年後。90年代後半以降は、テクノロジーの進化もあり達成者が急増している点を踏まえると、メスナーやククチカの偉業がいかに突出しているかが分かる。

■ハイリスク・ハイリターンの「アルパインスタイル」を貫く

 1944年に生まれたメスナーは、10代の頃から東アルプスの山をひたすら登っていた。そして、1966年に22歳でグランド・ジョラス北壁(ウォーカー側稜)を制覇。そして1969年にはアルプス三大北壁の中でも最も難易度が高いとされるアイガー北壁を世界最短記録(当時)で攻略する。

 8000m峰登頂は、1970年のナンガ・パルバットが最初だ。そして、75年にオーストリアの登山家・ペーター・ハーベラーとともガッシャーブルムI峰に登頂した。このときは、世界初の「アルパインスタイル」による8000m峰登頂だった。

 「アルパインスタイル」とは、ベースキャンプから先のサミットプッシュを誰かと通信することなく一気に行う。サポートチームから支援を受けず、もともと設営されたキャンプ、固定ロープ、酸素ボンベ等を使用しない登山スタイルだ。所持できる食料や燃料が少なく、サポートがないマイナス面もある。反面、登山期間を短縮することで、常に命の危険がつきまとう高地でリスクも削減できるのだ。メスナーは、このスタイルを貫いて8000m峰に挑んだ。結果的に14座をすべて無酸素で登頂したのだった。

 1978年、ナンガ・パルバットで世界で初めて8000m峰をアルパインスタイル&ベースキャンプから単独で登頂に成功。さらにこの年は、相棒のハーベラーと一緒に人類初のエベレスト無酸素登頂を成し遂げた。また、1980年にはエベレストの無酸素単独登頂を達成。これは、クレバス転落のピンチを乗り越えての偉業だった。

 1981年に8013mのシシャパンマに登ると、以後は急ピッチだった。1982年はカンチェンジュンガ、ガッシャーブルムⅡ峰、ブロード・ピークと、8000m峰を1年に3座も攻略。1985年にアンナプルナⅠ峰とダウラギリ、1986年にマカルーとローツェを制覇し、遂に前人未到の大記録を達成した。

DVD『ヒマラヤ 運命の山』(東映ビデオ)
メスナーにとって苦い思い出となるナンガ・パルバットでの事故を中心に、その半生を描いた作品。ヒマラヤの山々が美しい

■地球上のあらゆる難所にも挑み続けた結果、メスナーはどうなった?

 上に挙げたものだけでも人類最強クラスの偉業だが、メスナーが凄いのは、8000m峰完全制覇に挑むのと同時に、ノシャック (7492m)、アコンカグア (6959m)、マッキンリー(6168m)、キリマンジャロ (5895m)など、ヒマラヤ以外の高峰にも登っていることだ。さらに登山以外の冒険にも積極的で、グリーンランド、南極大陸、ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠の横断を果たしている。いやはや、なんという冒険心と実行力の持ち主だろうか。

 もうひとつ、メスナーに関して大きな特筆点がある。それは、それだけの危険なチャレンジを長い間続けながら、2022年3月現在で生きていることだ。何百、何千、いや何万という、死と隣り合わせの局面をその都度乗り越え、生き残り続けて来たからこそ、また次なる目標に向かって進むことが出来たのだ。この偉大なる登山家の軌跡は、今後も山を愛する人達に語り継がれていくのだろう。

 

ラインホルト・メスナー
Reinhold Messner
【1944年9月17日~】
登山家。イタリア出身。その登山人生は順風満帆なようだが、70年のナンガ・パルバット登攀の際に実弟を亡くし、自身も足の指を7本失っている。現在は77歳で、まだまだ元気に暮らしている

●8000メートル峰14座の無酸素登頂記録

▶1970年:ナンガ・パルバット(8125m)
▶1972年:マナスル(8156m)
▶1975年:ガッシャーブルムI峰 (8068m)
▶1978年:エベレスト(8848m)、ナンガ・パルバット(8125m)
▶1979年:K2(8611m)
▶1981年:シシャパンマ(8013m)
▶1982年:カンチェンジュンガ (8586m)、ガッシャーブルムⅡ峰 (8035m)、ブロード・ピーク(8047m)
▶1983年:チョ・オユー(8201m)
▶1984年:ガッシャーブルムⅠ峰 (8046m)、ガッシャーブルムⅡ峰 (8035m)
▶1985年:アンナプルナⅠ峰(8091)、ダウラギリ(8167m)
▶1986年:マカルー(8462m)、ローツェ(8516m)

書籍『ラインホルト・メスナー自伝 自由なる魂を求めて』ラインホルト・メスナー、訳・松浦雅之(新潮社)残念ながら版元では絶版になっているので古本を探すしかない。ちなみに、Amazon経由で容易に入手が可能だ