北海道の中央部に位置する大雪山。シーズン中は道外からも多くの登山者が訪れるが、近年は登山道の荒廃が進み、高山植物など生態系への影響が懸念されている。100年先まで美しい自然と登山道を残すために何ができるのか。異なる立場の人々が手を取り、動き始めた取り組みを3回にわたって紹介するこの連載、最終回は整備によって生まれ変わった登山道と、今後の課題や未来への展望をレポートする。

■“大雪山の奥庭”、その美しさを多くの人へ

大雪山山守隊代表の岡崎哲三さん。こよなく愛する大雪山のなかでも、沼ノ原湿原は特別に好きな場所だと語る。クチャンベツ登山口から湿原に至るまでの登山道整備は長年の悲願だ(撮影:中西隆裕)

 10月初旬。初冠雪を迎えた大雪山では、引き続き大雪山山守隊のメンバーが登山道整備に汗を流していると聞いた。積雪により作業ができなくなるまで、それほど日はない。ギリギリまで作業を続けることについて、大雪山山守隊代表の岡崎哲三さんはこう話す。

 「広大な大雪山には荒廃した登山道が数えきれないほどあります。なかには歩行が難しいほど崩壊してしまった場所もあり、できるだけ早く着手しないと、登山者の安全はもちろん、周辺の植生や生態系も回復不可能になってしまいます」

 なかでも今年整備に力を入れたのは、クチャンベツ登山口から沼ノ原湿原へと至るルートだ。標高約1,450mの溶岩大地に広がる沼ノ原湿原は、大小様々な池塘が点在し、トムラウシ山や旭岳など大雪山系の名峰を見ながらハイキングができる静かで美しい場所。「大雪山の奥庭」とも呼ばれる、知る人ぞ知るスポットだ。

岩を足かがりにして川を渡る渡渉地点。増水すると岩が流れの下に入って、転倒の危険がある場所だった。2026年に増水時でも安全に渡れるよう整備を行なった(撮影:中西隆裕)

 「これほど美しい高層湿原は日本中探してもないと僕は思っています。湿原には野営指定地があって、息を呑むほどの絶景のなかでテント泊ができる。ぜひたくさんの人にそんな体験をしてもらいたいと思うのですが、とにかく登山道の崩壊がすごくて、近年は登山者数も減少傾向にあります」

 2026年、大雪山山守隊は沼ノ原湿原へ至るルートのなかでも、特に登山道の崩壊が激しい場所を優先して整備を進めることに。コロンビアスポーツウェアジャパンから資金援助を、上川町及び管理者である北海道の協力を得たことが大きな後押しとなった。

 樹林帯を緩やかに登っていると、沢の音が心地いい。登山道は何度かクチャンベツ川と交差し、渡渉の必要があるが、これも近年、岡崎さんたちが頭を悩ませていたことのひとつだ。

 「例えばこの渡渉地点ですが、雨の後など水量が多い時は足元が濡れてしまいます。足を滑らせたり流れに足を取られたりして転倒する人もいました。それで今年、水量が増えても安全に渡渉できるための飛び石を施工しました」

 一見すると自然にある岩のように思えるが、実は緻密な設計の上で設置されたもの。1トンはあろうかという大岩を周辺から探し、チェンブロックで運搬したのだという。

施工前/足がかりとなる岩が流されたり、水の中に沈んだりして、どこをどう歩いたらいいのかすぐにはわからない状態。無理に渡渉すると転倒の危険があった(撮影:大雪山山守隊)

施工後/周辺から大きな岩を運び、歩きやすい感覚で設置。強い流れでも岩が動かないよう、メインとなる岩の上流側に複数の岩を鱗状に設置し、水の流れによる水圧で岩が押さえられるよう計算されている(撮影:大雪山山守隊)

■人間ではなく「自然の視点」で考える

施工前/土壌の侵食が進み、木柵は腐敗。階段の段差も大きくなり、大人でも登るのが大変な状態。大雨で水が流れるたびに土壌の侵食が進んでいた(撮影:大雪山山守隊)
施工後/周辺の倒木や岩を使って木柵を設置。縦木には長さのある倒木を使い、横木を固定している。縦木の自然なカーブは周辺環境に溶け込んで美しいだけでなく、加えて直線的でもなく、緩やかに上り下りができる階段を作っている(撮影:大雪山山守隊)

 「川は常に流れていますから、ただ岩を置くだけでは強い水の流れが生まれた時に動いてしまう。そこで足場となる岩の上流側に複数の岩を鱗状に設置し、上流からきた水が下流側の岩を水圧で押さえてくれるよう計算しています。水の流れを逃すための隙間を作っておくことも重要です」

 登山道整備をする際、岡崎さんの頭のなかにあるのは単なる完成図ではない。雨が降り、風が吹き、水が流れて、雪が降る。自然のなかで起こるあらゆる事象を想像し、そのうえで登山道がどう機能し、変化していくか。数十年先を見越した想像力が、自然のなかに溶け込み、植生や生態系を回復させながら、いつしか周辺環境と一体化していくような登山道を生み出すのだ。

 このルートのなかには長年の土壌侵食により大きく登山道が崩れ、大人でも両手を使ってよじ登らないといけないような箇所がいくつもある。今年整備したポイントに立ち、岡崎さんはこう振り返る。

 「周辺から集めた倒木と石を使って木柵階段を作ったのですが、実際見てどう感じますか? なかにはもっと“綺麗”に整備したらいいのにと思う方もいるかもしれませんね」

施工前/土壌が流され大きな段差ができているうえ、木の根が露出して歩行困難となっていた(撮影:大雪山山守隊)
施工後/岩を使ってステップを作り、木の根を切断することなく歩きやすい登山道を施工した。人間の歩きやすさだけを考えて根を排除すると、樹木は死んでしまう(撮影:大雪山山守隊)

 言われてみれば階段のステップとなる木柵の多くは真っ直ぐ並行に置かれていないし、木柵と木柵の間の歩行面にはやや凹凸がある部分もある。でも、それこそが岡崎さんの狙いだという。

 「倒木や石、土を使って、何の隙間もなく平らで、真っ直ぐな階段や道を作ることは物理的に可能です。でも、木柵の左右端にあえて少しポケット状の空間を残しておけば、雨とともに土壌が流れ込んで、いつかそこに植物が根付くかもしれない。石や木片をあえてラフに置いている箇所もありますが、それらは影を作ったり、風を防いだり、水分をとどめたりします。そうした多様な環境があることで生き延びるきっかけを得られる植物だって、いると思うのです」

 当たり前だが、山の自然環境は人間が造ったものではない。だからこそ岡崎さんは、人間の視点だけで登山道について考えることはしない。

 「人間が思う“綺麗な階段”は、並行で等間隔、真っ直ぐ。でも自然の美しさは複雑な地形があってこそ。そこにあらゆる生命が息づいていて、生態系が形作られるわけですから、人間の視点や都合で山に手を入れてうまくいくはずがありません。自然の視点を手に入れるためには、ひたすら自然を観察し続けることしかないだろうなと感じますし、登山整備に携わる方々、そしてそこを歩く登山者の方々には、ぜひそうした感覚を持ってもらえたらなと思っています」

■ボランティアに依存しない「新しい登山道整備」のスタイル

木柵の向き、角度を工夫することで、雨の日に上部から流れてくる水流を弱めることができる。実際に雨の日に見ると、まるで木柵が流水を誘導するように、緩やかな水の流れができていた。排水をゼロにすることはできないが、勢いを弱めれば土壌侵食を防げる(撮影:中西隆裕)
広い大雪山を移動しながら日々登山整備を行う大雪山山守隊。「若いメンバーたちには山をじっくり観察し、自然が作り出した形やその美しさを知ってほしい」と語っていた(撮影:中西隆裕)

 施工場所の周辺から木や岩などの資材を調達し、数十年先の未来を想像しながら登山道を直す方法には、施工だけではなく自然環境おける深い知識が必要になる。大雪山山守隊では「整備人」と呼ばれる専門のスタッフを雇用し、岡崎さんたちが培ってきた知識と技術を伝えながら整備を行なっている。

 「従来、登山道整備は主にボランティアが担ってきました。ありがたいことですが、どうしても限界があるのも事実。今回、コロンビアスポーツウェアジャパンからの資金提供を受け、上川町の協力も得たたことで、多くの整備人を雇用し、プロたちの力で沼ノ原湿原などの登山道整備を行うことができました。こうしたスタイルは自分が目指していた形のひとつなので、とても嬉しく思っています」

 加えて、来年度以降の課題についても、こう語る。

 「これを大きなきっかけとして、今後さらに様々な企業や自治体が継続して登山道整備に関わってくれることが重要だと感じています。大雪山だけでも、まだまだ緊急に整備が必要な場所がありますし、日本全国、多くの山の登山道が崩壊の危機にあります。山に関わるあらゆる立場の人々が連携し、プロが現場に入って登山道を直していく。メディアの方々にも参加していただき、この新しいスタイルをどんどん広げていければ、日本の山の未来を変えられると信じています」

 コロンビアスポーツウェアジャパンと上川町による支援・協力は来年度以降も継続する予定。こうした連携と活動実績を登山者に伝えるための方策も検討されている。私たち登山者もまた、山に関わる者のひとり。自分が歩く登山道と、その周辺の環境について考えることが、山を守り、100年先まで美しい環境を残すための第一歩だ。

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