北海道の中央部に位置する大雪山。登山シーズンには多くのハイカーで賑わうが、近年は登山道の荒廃が進み、高山植物など生態系への影響が懸念されている。100年先まで美しい自然と登山道を残すために何ができるのか。異なる立場の人々が手を取り、動き始めた取り組みを3回にわたって紹介するこの連載、2回目の今回は、実際の登山道整備の様子をレポートする。

■立場を超え、山を愛する人々で守る「自然と登山」

この日の作業現場は登山口から徒歩で2時間半ほどの場所。おのおのが資材を担ぎ、登っていく。荷揚げは基本的に人力のみ

 本州より一足早く秋の気配が漂い始めた8月中旬の大雪山。銀泉台登山口には15名ほどの人々が集まり、登山準備をしている。その出でたちは長靴に背負子と、普通の登山者とは少し違う。今日は大雪山で登山道の整備・保全活動を続ける一般社団法人 大雪山山守隊のメンバーを中心に、アウトドアブランドのコロンビアスポーツウェアジャパンの社員、大雪山のお膝元である上川町役場の職員など、さまざまな立場の人々が力を合わせて、登山道の修復・整備を行うのだ。

大雪山山守隊に加えて、登山道整備の強力な助っ人である「整備人」たちも多数参加。山口県の下関市から参加している力自慢の若者たちもいて、心強い

 広大な大雪山の中でも、銀泉台から赤岳にいたるルートは人気のコース。美しい風景を求めて多くの登山者がやってくるが、皮肉なことに、それゆえに登山道の荒廃が進行してしまっているという。

 「山の環境は、土壌や植物、水や雪がバランスよくあることで成り立っています。そこを人が歩くと、踏圧によって部分的に植物が枯れるなどして、少しずつ生態系のバランスが崩れ始めます。窪地になった登山道には雨や雪解け水などによる流水が集中し、水路のようになりますが、それを放置していると、どんどん土壌の浸食が進んで、地形が崩壊していくのです」とは、大雪山山守隊代表の岡崎哲三さん。

 今回は銀泉台ルートの中でも特に修復と保全の必要性が高いと考えるエリアでの作業。プロジェクトにあたっては、管理者である北海道の管轄路線の整備を、コロンビアスポーツウェアジャパンが資金援助を、上川町が協力を行った。両者は2021年3月に包括連携協定を結び、共に大雪山の自然環境保護に力を注いでいる。

大雪山山守隊代表の岡崎哲三さん。作業を始める前に、銀泉台ルートの登山道の現状や、思い描いている整備の形について思いを共有する

■自然を観察し、「真似」をする

作業中、様子を伺うように姿を見せたエゾシカ。大雪山に生きる動物たちもまた、生態系を形作る存在だ

 現場は赤岳の山頂から30分ほど下にある雪渓下部。土壌浸食によって登山道上に水が流れ続けたことで登山道脇の法面が深くえぐられている。

 「こうした現象はガリー化といって、豪雨のときなどに大量の水が流れて、ガバッと削れちゃったんですね。このままだと土壌が流れて、植物が再び根を張ることはできません。流れ切った土壌を元に戻すのは物理的に不可能なので、岩や土を詰めたネットを積んで路床を上げ、法面をできる限りゆるやかにしてあげる。そこからは自然の力も借りていきます」

 岡崎さんは崩れた法面を見つめて、少しの間思いを巡らせる。頭の中には、数年、数十年先の変化がイメージとしてあるのだという。

 「僕たちが積んだネットの上に、少しずつ土が崩れて落ちて、ある時植物バタンと倒れてくる。そこから運良く発芽して根を貼ってくれたら、植生が回復し、土壌も安定するでしょう。そのためにはネットの中に岩や礫、土をどれくらい入れるのか、法面に対してどんな角度で設置するのか、植物がうまく根付けるような環境を綿密に考えなくてはいけません」

さまざまな素材を試して、最も耐久性が高いと判断したヤシネット。岩や礫を入れて土嚢ならぬ岩嚢を作る

 もうひとつ、岡崎さんの登山道整備の特徴がある。それは“近自然”、つまり現場の自然環境に近づけるということだ。

 「僕たちが目指しているのは、ただ人間が歩きやすいよう登山道を治すことではありません。人が歩くことによるダメージを弱めるとともに、自然が回復していくスピードを速める。侵食と保全のバランスをとって生態系を残していけるような整備しなくては、100年先までこの美しい山を残せません。

 自然を復元するにあたって大切なのは、その場所の自然を観察し、その環境にあった資材や方法で施工すること。樹林帯では周辺の木を、砂礫地では近場に岩や礫を利用し、自然の力学に倣って再生する。僕たちがやっているのは、自然が自分の力で回復するための“きっかけ”を作ることともいえますね」

上部から流れて溜まった土砂を使って土嚢を作る

登山道付近の浮石を集めて背負子で運搬。一度に40kgほど運ぶ重労働

■山頂だけではなく、「足下」も見てほしい

夏の間、真っ白な花の絨毯を作っていたチングルマ。秋が近づき、美しい綿毛を風になびかせていた

 岩や砂を背負子で運び、汗だくになって作業した半日。参加人数が多かったことで懸案だったガリー部分の補修は予定より早く終了した。最後に岡崎さんがスタッフに向けて語った言葉が印象的だった。

 「今日の作業によって何が変わるのか。その成果や変化は数十年、数百年先にしか目に見えてはこないでしょう。一度壊れた自然を再生するというのは、気の遠くなるような時間がかかるということです。このルートの中でも、同じような場所が何十とあって、大雪山全体では数えきれないというのが現状。だからこそ、多くの人の理解や協力が必要なんです」

 登山道を整備していると、山頂を目指す登山者から「ありがとうございます」と声をかけられることがあるという。

 「ありがたい言葉ではありますが、できることなら、『なぜこの道は崩れてしまったのだろう』『そうならないために、どんなふうに歩けばいいのだろう』と、もう一歩踏み込んで考えを巡らせてもらいたい」

 道がぬかるんでいたり、雪が残っていたりすると、人は自然と歩きやすい場所を選ぶ。無意識に高山植物の上を踏み歩き、それがいつか生態系や登山道を壊してしまう。そのことを多くの登山者に知ってもらいたいと岡崎さんは語気を強める。

 「そのためにはアウトドアブランドや行政など、さまざまな立場の人々から情報を発信していただくことが欠かせません。今回のような民間企業、行政との協働は、その追い風になると期待しています。立場は違えど、みんな大雪山を愛し、未来に残したいと思っている。それが何より嬉しいですし、今後も一緒に考え、活動していきたいと考えています」

一般社団法人 大雪山山守隊 公式ホームページはこちらから

本文写真:中西隆裕