8月初旬の早朝、茨城県大洗町を流れる涸沼川(ひぬまがわ)の下流域に立った。関東唯一の汽水湖・涸沼から那珂川(なかがわ)を経て太平洋へと注ぐこの河川は、河口から涸沼までわずか8kmほど。短い流路ながら潮の干満が大きく、海水と淡水が混じる特有の環境が広がっている。
この日は、クロダイ(別名チヌ)をワームで狙う「チニング」の釣りに初挑戦。過去に涸沼川でテナガエビ釣りを楽しんだことはあるが、クロダイを狙うのは初めてである。真夏の水辺でどんな出会いが待っていたのか。その釣行の模様をお届けする。

■釣具店のすすめで始まった、栃木発・涸沼川チニング計画
「チニング(クロダイのルアー釣り)に興味があるんですか?」 そう声をかけてくれたのは、筆者の地元・栃木県の釣具店で、顔なじみの店員だった。ちょうど夏の釣りものを探していたとき、目に留まったのが「涸沼川のチニング・ゲーム」と銘打たれた特設コーナー。
並んでいたのは、エビやカニなどを模した小型のワームとシンカー、オフセットフックなど。ブラックバス釣りでお馴染みの道具だが、対象は海の魚・クロダイだ。最初は半信半疑だったが、話を聞くうちに興味がどんどん湧いてきた。
店員の説明によると、近年の涸沼川では温暖化による海水温の上昇などの影響でクロダイが増加、ワームなどを使ったルアーでの釣果が増えているという。特に「フリーリグ(ワームとシンカーを直結しない仕掛け)」は初心者でも高確率で釣れるそうで、人気が高いという。釣り方はシンプルで、ワームを沈めたあとは、川底付近を一定速度でただ巻きするだけ。難しいテクニックは不要と聞き、一気に気持ちが傾いた。

ちなみに、この釣りでは水深2〜3mほどの浅場を狙うのがポイントだとも教わった。理由は、ワームを短時間で川底に着底できるので手返しが良くなり、クロダイがルアーを見つけやすくなるため。ただし、深場にクロダイがいないわけではなく、あくまで釣りやすさを優先したものだという。涸沼川の水深は深いところで6m以上のポイントもあるそうだ。

そもそも、なぜ栃木の釣具店で100km以上離れた茨城の釣り場が紹介されているのか。不思議に思った方もいると思うが、その理由は単純だ。北関東自動車道(群馬・栃木・茨城を東西に結ぶ高速道路)などの整備により東西のアクセスが良く、車で片道約1時間半でいけるため、多くの釣り人が釣行可能な範囲であると思っているからだ。海なし県の住民にとって海の魚は特別な存在だが、その憧れのターゲットに比較的気軽に会いに行けるのは嬉しい話だ。こうして、筆者の「栃木発・涸沼川チニング計画」は動き出した。
■朝マヅメ、初めてのフリーリグでクロダイ釣りに挑戦!

釣行当日、ポイントに到着したのは午前4時半。東の空が白みはじめた頃だった。この日の潮周りは若潮で、干潮に向かう下げのタイミング。大潮や中潮に比べて干満差が小さいぶん、流れも穏やかなはず……。そう予想していたのだが、実際は想像以上に流れが速く、川底に着底するはずのワームが流されて浮き上がってしまう。
釣具店の店員からは「涸沼川では、クロダイは川底のカニやエビ、シジミなどを食べているので、ワームを川底からできるだけ離さないことが重要」というアドバイスをもらっていた。その言葉を思い出し、シンカーを7gから14gへと変更。さらにキャスト方向をアップクロス(斜め上流方向)に切り替え、流れに乗せながら巻くことでワームの浮き上がりを抑えることにした。

川底はどうやら砂地のようで、岩などの障害物を示すゴツゴツとした感触は手元に伝わってこない。静かに時間だけが過ぎていくなか、ふと「本当にこの釣り方で合っているのだろうか?」と不安がよぎる。そんな迷いのなか、釣り開始から1時間半が経過した午前6時過ぎ、突如「ゴツゴツッ」という確かなアタリが手元に走った。直後に「ググッ」と重みが乗ったのを感じ、ロッドでアワセを入れると、フッキングに成功。水中で首を振る魚の感触が伝わってきた。
浮かび上がってきたのは、銀白色の魚体。無事にネットインしたのは、全長31cmのキビレ(クロダイの仲間で正式名称はキチヌ)。初めての釣り方で、初めての一尾。その重みと感動は、久しぶりに感じたものだった。

