岐阜県・馬籠宿(まごめじゅく)から長野県・妻籠宿(つまごじゅく)まで、約8km、徒歩で3時間ほどの道のりだが、そこには「過去に迷い込んだような旅」が待っている。観光地でも登山でもない、歩くこと自体が目的になる旅。江戸の面影をたどりながら、自らの足で時代を超えるようなひとときを過ごせるコースだ。
■江戸の宿場町・馬籠宿からスタート。「風の音が聞こえる」旅へ
岐阜県中津川市の山あいにある馬籠宿。石畳の坂道に木造の町家が並び、水車が回り、湯気が立ちのぼる。まるで時代劇のセットに迷い込んだような景色に、思わず深呼吸したくなる。
今回の旅は、馬籠宿から始まる。坂道を登りきり、町並みを抜けると、いよいよ中山道の山道へ。緩やかな上り坂とともに、車も人も音も少しずつ遠ざかっていく。筆者自身の足音と鳥の声が耳に残る。「風の音を含めた自然界の音が、こんなに聞こえる場所があったんだ」と気づく瞬間が、この道にはある。

■山道のスタートは、馬籠宿の石畳の坂を上り切ってから
馬籠宿の石畳の坂を上り切ると、観光客でにぎわう宿場の風景が徐々に背後へと遠ざかっていく。そして、宿場の最上部にある「展望台」付近を越えたあたりから、一気に山道の顔を見せ始める。ここからが、馬籠宿から妻籠宿への中山道の本番ともいえる区間だ。
案内標識に従って林道に入ると、舗装路から未舗装の山道へと自然に切り替わり、道幅はやや細くなり、杉林の中をゆく静かなトレイルへと続いていく。人の気配も薄れ、聞こえるのは鳥のさえずりと、木々を渡る風の音のみ。石畳と観光客のざわめきが残響のように遠のいていき、まるで時間が止まったかのような感覚に包まれる。この先は本格的な登山道のような表情になるが、険しさはなく、整備された緩やかな登りが中心で、誰でも安心して歩けるルートだ。
区間の前半、およそ3kmが「馬籠峠」を越える本格的な山道である。標高差にして約250m程度のゆるやかな登りが中心だ。道はよく整備されているが、トレッキングシューズを用意しておけば安心だ。
道中は土と細かな砂利が混じる未舗装路で、ところどころに木の根や落ち葉が重なっている自然の山道だ。大雨の後などはぬかるむことがあるため、天候チェックは忘れずにしておこう。
このコースには標識や案内板も随所に設置されている。また、古い石碑や「中山道」と書かれた木柱が頻繁に現れるので、旧街道であることの確認と同時に実感しながら歩ける。
峠越えの山道区間に民家はほとんどないが、舗装路に出られる分岐は多く、何かあれば車道に出てショートカットすることも可能。
馬籠宿から妻籠宿までは、江戸時代の旅人たちが実際に歩いた道筋をなぞるように、歴史と自然の中をじっくりと歩く贅沢な時間を過ごせる。

■馬籠峠に到着
歩き始めて1時間ほどで標高790mの馬籠峠にたどり着く。そこには、東屋と小さな石碑、そして静寂が待っていた。スマートフォンをしまい、時計を外し、水筒のお茶を飲む。ただそれだけなのに、心がすーっと軽くなる。かつてこの道を歩いた旅人たちも、きっとこの峠で足を止め、空を見上げたのだろう。時代は変わっても、「歩いてきたからこそ見える景色」は変わらないのではないか。それを感じるだけで、筆者の心は軽くなった。

■雑木林の中へ。歩くことでしか見えないもの
峠を越えると、道はなだらかな下り坂に変わる。苔むした石、落ち葉のクッション、木漏れ日。どれもが絵になる風景だ。このコースの魅力は、観光名所を巡る旅に加えて、自然の中で江戸時代の面影を感じられることだと思う。歩いたぶんだけ、心に染み込むものがある。
