<前編を読む>  頂上を目指すのだけが登山の楽しみ方じゃない!?  週末気軽な山歩きで自然を味わう「フラット登山」へ行ってみよう!

 登山というと「つらい」「歩くのだるい」「足が痛い」という苦行な印象も少なくないなか、大胆にも「とにかく気軽に、気持ちよく、楽しく歩く」をテーマに登山を再定義した書籍『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』が話題だ。その本の著者、作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんが提唱する「フラット登山」とはどんなものなのか?(前後編2回の後編)

※本記事は『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』(佐々木俊尚 著)から一部抜粋・再構成したものです。

■「フラット登山」における官能的な山道の5つの要素とは

1. 「異世界に迷い込んでいる」
2. 「広大で開放感がある」
3. 「変化に富み、足に快感がある」
4. 「冒険心が満たされる」
5. 「霊性に畏怖を感じる」

 これらの官能的な魅力を、『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』で紹介するコースは存分に満たしている。それぞれの官能度に分けて30コースを紹介しているので、ぜひ歩いてみてそれらの魅力を堪能してほしい。

 今回は、フラット登山に最適なモデルコースのひとつとして「富士樹海」をくぐり抜けるコースを紹介する。

⚫️異世界はすぐそこにある!

 富士山の山麓に広がる青木ヶ原樹海。「自殺の名所」とか「入り込むと方位磁石さえ機能しなくなり、迷って出られなくなる」とおどろおどろしいイメージばかりが流布されてきた。しかしこの樹海の真っ只中を、日本の伝統的な山道である東海自然歩道が貫いて整備されていることはあまり知られていない。ほとんどアップダウンもなくて平坦で歩きやすく、そして樹海特有の奇怪な光景が存分に楽しめる。

奇怪な風景が広がる 青木ヶ原樹海

⚫️富士山 青木ヶ原樹海へのアクセスは

 東海自然歩道で青木ヶ原樹海を歩けるのは、観光地として有名な富岳風穴と本栖湖のあいだである。富士急行の富士山駅から新富士駅行きの富士急バスに乗れば、どちらのバス停でも下車することができる。

 本記事では本栖湖から入るルートを紹介しよう。


 本栖湖観光案内所というバス停で下車し、道路を北に少したどると、右に折れるわかりやすい未舗装道がある。ここが東海自然歩道の入口だ。しばらく行くと、唐突に広い草地に
出て道が途切れているように感じるが、右奥のほうに目をやれば、道は続いている。緑の濃い森の中をさらに進んでいく。環境省が整備している東海自然歩道は国費が投じられているだけあって、道は徹底的にきれいに整備されている。あまり歩いている人がいないのが本当にもったいないが、だからこそわれわれは何ものにも邪魔されず静寂のフラット登山を堪能できるのだ。


 さっきまでバスで走ってきた国道139号を、小さな歩行者用トンネルでくぐり抜けてさらに道は続く。スタートから1時間ほど歩くと、唐突に広々と開けた住宅街のような場所に出る。初めての人は、この広大な森の中になぜ住宅街? と皆が驚く。それほどまでに落差が激しい。ここは知る人ぞ知る、精進湖民宿村だ。

ここまではまだいたってふつうの風景

 もともとは樹海の真っ只中だったが、台風災害で大きな被害を受けた近くの集落が丸ごと引っ越してきて、ゼロから開拓してできた。グーグルマップの航空写真で上空から見てみるとわかるが、見事に人工的に樹海が四角く切り抜かれている。

 1970年代には現在のJRである日本国有鉄道が「ディスカバージャパン」というキャンペーンを展開し、それに伴って国内旅行のブームが起き、各地に民宿やペンションが林立した。この集落でも民宿を開業する人が続出して、それで民宿村と呼ばれるようになった。しかしあれから長い年月が流れ、民宿は少なくなり、人口も減り、子どもたちが通っていた小学校や保育所も廃止され、草の中に埋もれている。
それでも精進湖民宿村は整然と美しく、樹海の中で生きつづけている。