最近のわたしは、りんごの収穫と選果に追われています。毎年、山仕事が終わると、すぐ実家の家業であるりんご農家の仕事が始まります。初めて働いた山小屋、鳳凰小屋時代から続く毎年のルーティン。もう何度目かわからないほどです。
わたしの仕事は選果といって、収穫したりんごの仕分けです。大きさだけでなく、色、形、美味しそうかどうか? で、分けていきます。多い時は8個のコンテナに分類するから、てんてこ舞いです。
夏の始まりから秋口まで、4か月ちょっと山の上にいたのが嘘みたいに思えるほど、りんごに囲まれる毎日。農園で父と2人、せっせとりんごをいじっている瞬間にも、「今シーズンも無事に終わってよかった」とほっと気持ちが軽くなったりします。
■準備期間から早4年。ひとりぼっちからの卒業です。
4年前、光岳小屋の管理人募集に勢いよく手を挙げた時はひとりきりだったけれど、この数年で思いがけず、心強い仲間に恵まれてきた。今の私は、あの深い山の中でもひとりぼっちじゃなくて、周りには力を貸してくれる人たちがいる。
今回はその中から山小屋で衣食住をともにする、運営に欠かせないスタッフのお話しをします。
■今年も京都からくみちゃんがやってきた!
この2年間は、ともちゃんという関西女子が山小屋に入ってくれていたが、今年はわたしと高橋くんと2人だけのスタートになった。途中、学生さんが1週間バイトできてくれて、9月になると入れ替わるようにくみちゃんが山にやってきた。
くみちゃんとの出会いは3年前。管理人になった1年目、感染症の流行によって南アルプスの静岡県営の山小屋は全て休業となってしまった年のことです。
「さて、一体どうしようか……」と焦っていたところ、ちょうどいいタイミングで鳳凰小屋の細田さんから「花ちゃん、手伝ってくれないか?」と連絡をもらった。そこで、大学卒業後に働いていた会社を退職し、山小屋でアルバイトをしたい、とやってきたくみちゃんと一緒に山小屋に上がることになったのだ。
わたしはこう見えて人付き合いが苦手。なので、仲良くなれるかというより、山での共同生活がうまくできるかと心配だった。けど、一緒に山道を歩いて小屋に着く頃には、さっき会ったばかりだなんて嘘みたいにすっかり打ち解けていた。
その年、鳳凰小屋での仕事を終えたくみちゃんは、光岳小屋までわざわざ登ってきて小屋のメンテナンスも手伝ってくれた。以降は、毎年光岳小屋を手伝ってくれている。
また通い始めた大学の休みを利用して光岳に来てくれたくみちゃんは、4年前に出会った時よりもだいぶ逞しい。大きいザックの中には、京野菜やわたしの実家のリンゴで手作りしたというチャツネをぎゅうぎゅうに詰めてあがってきた。年に一度の登山が光岳。京都から電車をいくつも乗り継いできてくれる。
一度、くみちゃんの暮らす京都の自宅に遊び行ったが、この暮らしから抜け出して、よくまあ遠路遥々、光岳まで来てくれるもんだと感心した。何度も何度も、「ほんと、ありがとね〜」としつこく繰り返してしまった。
今では、わたしはすっかりくみちゃんに頼り切っていて、今年の下山時はくみちゃんから「鳳凰小屋で一緒だった時はお姉さんって感じだったけど、花さん、今は猫みたいですね」というありがたい(?)お言葉もいただいた。「一緒に働くことが楽しい」と言ってくれることが、何よりも嬉しい。