■美しい城に残された「幽霊伝説」

 すっかりこの城が気に入った私は、城巡りツアーの後、村の本屋に立ち寄って歴史本を探した。見つかったのは、『ピエモンテ&ヴァッレ・ダオスタの呪われた城』という一冊。北イタリアに残る城の数々にまつわる伝説を集めた本だ。これは面白そう。宿に帰って早速読み始めると、ヴェール城の項目には19〜20世紀初頭に実在した人物にまつわる逸話が記されていた。

 幼い頃から数々の”デジャヴ”を体験してきたジュゼッペ・コスタという人物は、エンジニアであると同時に超常現象の研究家でもあった。様々な偶然の連続によってこの城にたどり着いた彼は、1階のサロンに入るや否や床に倒れて眠り込んでしまった。気を失っている間、「イブレート(14世紀にヴェール城を建設した城主)……」と語りかける女性の声を聞く。気付いた時、そのあまりに生々しく詳細な女性の話から、コスタは「自分はイブレート・シャランの生まれ変わりだ」と自覚する。以後、コスタはこの声の女性とイブレートに関する調査研究に情熱を傾け、遂にこの女性がイブレートの秘密の恋人であったビアンカ・ディ・サヴォイアであったことを突き止めた。

 この話以外にも、多くの文献にヴェール城にまつわる数々の伝説や逸話が見つかった。

 その一つが、16世紀に当時の城主の妻であったビアンカ・マリアの幽霊が城を徘徊している、というもの。野心家で贅沢好きなビアンカ・マリアは、夫が戦争で城を留守にしている間、多くの取り巻き貴族の男性を愛人としていた。しかし、夫の帰還の知らせを受けると愛人達の存在が夫にバレるのを恐れ、彼女に恋していた警備兵に命じて愛人達を次々と殺させて井戸に投げ込んだ。最後にはビアンカの悪事が発覚し、彼女は処刑されてしまったのだが、今でも城での暮らしに執着している彼女は、幽霊となって城内を歩き回っているという。

城の中心に作られた吹き抜けのホールの中央に作られた井戸。ビアンカ・マリアの愛人達はここに投げ込まれたのだろうか
堅固な石造りの城だが、この吹き抜けのロビーから差し込む陽光で明るく照らされる
吹きガラスの優雅な飾り窓
地元も木材をふんだんに使った天井の装飾が見事