■ワクワクするような多彩な風景
サン・ジャック村の分岐点から登山口に向かうと、すぐに高い木々が生い茂る森の中に入る。ここからは川沿いの登山道をひたすらまっすぐ歩いて行けばいい。イタリアのアルプスの登山道は、比較的幅が広くて歩きやすい道が多い。薄暗い針葉樹の森の中も、踏み慣らされた落ち葉で柔らかくなった道が続く。かと思うと、突然視界が開けて巨大な岩の塊の上を歩くことになったり、脇を見ると緑の向こうに足がすくむような大きな滝が隠れていたりと、ワクワクするような多彩な風景が次から次へと現れてくる。
道を行き交う人達も、スイスやフランス、イギリス、ドイツ、オランダなど、世界各国からここへ集ってきた人々で、すれ違いざまに交わす挨拶も国際色豊かだ。言葉は変われど、この雄大な大自然の景色の中では、誰もがリラックスして山歩きを楽しんでいるのは一目でわかる。周囲の風景だけでなく、バラエティ豊かな登山客との触れ合いもイタリア・アルプス登山の醍醐味と言えるだろう。
針葉樹の森の登山道を抜けると、いきなり広大な平原が目の前に現れる。このルートの中間地点で、真夏でも山頂に真っ白な雪を被ったモンテ・ローザ連山の大パノラマが見渡せるピアン・ディ・ヴェッラ・ インフェリオーレの平原である。
ここはこのルート随一の撮影スポットで、誰もが思わず足を止めてシャッターを切りたくなるような絶景が広がっている。脇には透明なアルプスの湧水が流れる川もあり、水遊びに興じる子どもたちや陽光を浴びながら一休みするカップル、岩の上でお弁当を広げる家族連れなど、誰もが思い思いの楽しみ方でこの風景を満喫している。ここまで来たら、ゴールのブルー湖まではあと一息。ここでのんびり休憩するのもいいが、ランチはやはり湖畔で楽しみたいので足を進めることにした。
サン・ジャック村から歩き始めて約2時間、ゴールのブルー湖に到着した。ゴツゴツした岩と黒っぽい砂利に囲まれた山の上の湖は、薄いブルーからエメラルドグリーンまで、太陽の光によって刻々と色が変わっていく。標高2,220mの湖とあって、湖水は氷のように冷たい。思わず飛び込みたくなる美しさなのだが、一度は足を入れた登山者もすぐに凍りついて引っ込めていた。小さな湖の背後には巨大な雪山の頂が広がり、ここだけ別世界の空間のような雰囲気が漂っている。
緩やかな登りだったので帰路の体力もそれほど心配する必要はなく、美しい湖畔で持参したパニーノを味わい、ついでに食後の昼寝も堪能してから下山することにした。