■国境を越えて、人は歩いていく

 その日の夜、このあたりに多いというマガル族の集落に呼ばれた。わざわざ日本からお客が来たと村人たちが集まってくれたのだ。長老らしき家の中庭に押しかけてきた人々は50人ほどいただろうか。

 「私、いま山梨県のホテルで働いてるんです。休暇で戻ってきたところ」

 「この前まで東京の夜間中学で勉強していたんですが、帰国しました」

 「神奈川のカレー屋に10年くらいいました」

 誰もが口々に日本語を話す。これから親戚を頼って日本に行くという人もいれば、「私も将来、日本に行きたいから日本語を教えて」と、小学生の女の子たちからせがまれもする。

 複雑な思いだった。

 僕から見れば、この美しい村で田畑を育て、鶏や水牛とともに暮らす生活のほうが、ずっと豊かに見えた。しかしそれでは、現金収入がないのだ。

 「みんなiPhone14が欲しいんだよ」

 と苦笑していた人もいたが、それがグローバル社会の現実というものだ。資本主義と情報化が極度に進んだいま、東京とネパールの山村とで価値観が共有されつつある。そして、より多くのお金を得るため、国境を越えて働きに行く手段が現在では確立されている。

 それが豊かさを生みもするし、一方で多くの歪みも生む。日本に来てカレー屋として働く人々の中には、同じネパール人の経営者からの搾取に苦しむ人、子どもの教育に悩む人、日本語の壁や文化に苦しみ心を病む人もいる。思ったほど稼げず、渡航時の借金を抱えたまま失意の帰国をする人もいる。

 それでも、バグルンの人々は国境を越えるのだ。

 やがてマガル族の人々は、太鼓を手に手に、伝統のダンスを踊り始めた。ヒエからつくったロキシーという地酒で誰もが酔い、日本から帰ってきた人、これから行く人、行こうかどうか悩んでいる人、ここに残ると決めている人が入り混じり、さまざまな思いはありつつも楽しい宴会となった。

 その光景に僕は「越えて国境、迷ってアジア」という、当連載の本質のようなものを見たのだった。

バグルンでは働き盛りの両親が日本に行き、祖父母が子どもの面倒を見ている家庭も多い