■ヒマラヤに見守られながら、未知の領域へ
早朝6時。宿の屋上からは、少しずつ曙光に染まっていくアンナプルナ連峰が見えた。
「あれがマチャプチャレ、こっちがダウラギリ」
宿のおばちゃんが説明してくれる。いずれも7,000メートル、8,000メートルのはるか高みから、下界を見下ろすまさに神々の座だ。この威容だけは20年前となにひとつ変わることがない。やがて昇って来た朝日に、中部ヒマラヤはあかあかと染め上げられていく。この光景を見ただけでも、旅に出てきて良かったと思った。
僕はポカラを取り囲む丘陵のひとつサランコットに来ていた。標高1,592mとあって、ヒマラヤのまさに展望台だ。とくに日の出から午前中は白銀のヴェールがどこからでもよく見えた。
そしてここまでが、既存のガイドブックに載っているエリアだ。カトマンズ、ポカラ、サランコットと、日本人バックパッカーにも知られた場所をたどってきたが、この先はネットにも情報がほとんどない地域に突入する。
「バグルン? 何しに行くの? 外国人ぜんぜんいないと思うけど」
宿のおばちゃんは訝りつつも、バグルンへの行き方を教えてくれた。まずサランコットから乗り合いのジープでノウダラに向かう。そこは町というより街道が交わる交差点のような場所らしい。ここを、ポカラから西へと走っていくバスが通過するから、見かけたら停めて乗り込めばいい。バスがいつ来るかはわからないし、道路はひどいと思う……。
聞いているだけでわくわくしてくる。誰かが調べた情報ではなく、その場で人に聞いた話を頼りに歩いていく。これこそが旅だと思うのだ。果たして今日中にバグルンにたどりつけるだろうか。いったいどんな場所なのか。僕はこの旅の最大の目的地に向かって、サランコットを出発した。
(つづく)