日本各地でまとまった降雪があり、雪国の山々はすっかり雪化粧していますね。いよいよ冬山シーズンの到来です。雪山やスキー場では、白銀の世界が我々を待っています。
一般に親しまれているレジャー要素の強い登山からは縁遠いが、ヒマラヤなどの高所への登山や未踏の山のピークを目指して難易度の高いルートをクライミングし、限界に挑む登山者たちがいます。そんなアルパインクライマーの世界は一体どんなものでしょうか? その一人、山岳カメラマンとしても精力的に活動を続ける、クライマーの三戸呂拓也氏に語ってもらいます。(以下、三戸呂拓也 談)
高所でかかる病気、高山病。その名前は有名だが、その実態はあまり知られていないのではないだろうか。高山病って何? その疑問を解決しながら、経験に基づく代表的な対処方法を紹介したい。
■高山病とは
高山病とは、標高の高い場所で現れる様々な症状の総称である。よく聞く病名だが、実際にかかったり、同行者が高山病と判断できたりする人はどれくらいいるだろうか。一般社団法人日本登山医学会では、レイクルイーズスコアを用い、その点数を基に高山病であるか判断する方法が紹介されている。
レイクルイーズAMSスコア2018年改訂版『日本登山医学会』http://www.jsmmed.org/info/pgams.html
しかし「こうなったら高山病!」という明確な定義は、未だにないらしい。あくまで私個人の知識や体験の中での話になるが、今回は高山病について書いてみたい。
■高山病の症状
一言に高山病と言っても、その症状は幅広い。代表的な症状として、頭痛、吐き気、倦怠感、めまい などがある。私の経験では、ひどい二日酔いによく似た感覚である。その状態を放置すると高地肺水腫や高地脳浮腫につながり、死に至ることもある。やっかいなのは、現れる症状や発症する標高、タイミングが、個人の体質によって異なることである。国内登山で2,000mを越えると激しいダルさを感じる人もいれば、4,000mを越える高所で初めて症状を自覚したり、鈍感であれば症状にすら気づかなかったりする人もいる。
パルスオキシメーターで測る動脈血酸素飽和度(SpO2)の値は明確な客観的基準であるが、必ずしも症状とリンクしているとは限らない。目に見える症状が少ないこともあり、知識がないと対処が難しいやっかいな病気なのだ。
■初期症状
上述したような症状を自覚してから対処し、回復するのはかなり大変である。しかし、突然苦痛を伴った症状が現れるわけではない。多くの場合、まず体が異変を発信する初期症状が現れる。具体的には、眠気、集中力低下、目のかすみ、食欲不振、チアノーゼ(唇や指先の変色)などがそれに当たる。これらは高山病の初期症状であるが、同時に下界の日常生活でも体感するものである。故に放置し、苦痛を伴う症状が現れて初めて高山病を自覚することが多い。予防でまず大切なのは、初期症状に敏感に反応し、早めに対処を始めることである。
■対処方法
対処方法は多くあるが、今回は、呼吸法・ゆっくり行動・水分補給・睡眠時の工夫、これら4つについて紹介する。
●呼吸法にもコツが
高所では気圧が下がる。これは空気そのものの量が減っているというイメージである。空気を100%とした時、酸素の量は約21%。その割合は変わらない。高所では酸素濃度が下がるという表現があるが、正確に言うと高所では空気そのものの量が減っており、それに伴って酸素の量も減るという現象が起きている。
そして気圧が下がると、体に対しての空気圧も下がる。つまり体の中に空気を押し込む力が、平地と比べて弱いのだ。高所に持って行った袋も、同じ理屈で膨らむ。ただでさえ少ない量の酸素を多く取り込むために、高所では呼吸方法がとても重要なのだ。
では、どのような呼吸方法が適しているのか。一般的には、強く息を吐いて肺に圧をかける腹式呼吸が良いとされている。腹式呼吸を繰り返すことにより、SpO2の値が上がり、初期症状が解消していくケースが多い。しかしここでも個人差がある。喫煙歴や持病の有無、年齢や肺活量により、呼吸の深さ、リズムは人によって方法が変わる。また、高所で歩きながら腹式呼吸をするのはけっこうな負担がかかる。早いペースで歩きながら呼吸法を続け、逆に体力の低下につながってしまうこともある。自分に合った呼吸方法を、無理のない運動量の中で続けることが必要なのだ。これを正確に身に付けるためには、高所での実体験や、低酸素施設などでSpO2の値を見ながらの試行錯誤などが求められるのである。
●とにかくゆっくり行動
体への負担が大きいほど、体内の酸素消費量は増える。ただでさえ酸素が少ない高所では、酸素消費が増えることは体への負担がいっそう大きくなる。速いペースで歩く、急な坂を登る、重たいものを担ぐ、急いで行動する。特に高所に体が慣れていない序盤は、それらの行動は極力控えたい。その直後に急激にSpO2の値が下がり、立ち眩みが起き、その症状は長時間あとを引く。のんびり行動をする、ラクをする。状況や立場によっては難しいが、それらも高所登山の技術と言えるだろう。
ただ、ゆっくり歩くということは案外難しいものである。普段山登りのペースが速い人なら尚更だ。高所登山の練習として、普段の2倍くらいの時間をかけてゆっくりとしたペースで歩いてみるのも良いかも知れない。
●水分補給の大切さ
体内の水分が不足すると、運動パフォーマンスが落ちるのはもちろん、体のあらゆる機能が低下する。高所は空気が非常に乾燥しており、そこにいるだけで想像以上に脱水のリスクがある。前述した呼吸方法を続けていれば、尚更だ。目安として、4,000mでは1日4L、5,000mでは一日5Lの水分補給が必要とされている。しかしこれはあくまで目安であり、高所に於いて、水分を摂り過ぎるということはない。こまめに、ゆっくりと、十分な水分を摂りたい。
だが多量の水分摂取は、心身ともに途中で辛くなってしまうことも多い。そこで手を変え品を変え、飽きがこない工夫をする。紅茶ひとつとっても、ブラックティー、ミルクティー、フルーツティー、生姜茶、緑茶など多くの種類を揃える。カフェインによる利尿作用にも注意が必要だが、それによって体のサイクルが整う効果も期待できる。特に女性はトイレに行きづらく抵抗があると思うが、水分補給は極めて重要な高山病予防だということは覚えておいてほしい。
●睡眠時の工夫
睡眠中は呼吸も浅くなり、苦しくても気づきにくい。言わば、低酸素下に於いて無防備な状態である。当然高山病も進行しやすく、朝起きると激しい頭痛があることが多い。
睡眠中にできる予防策は少ない。その予防策の一つは、睡眠中の体勢である。皆さんは、普段どのような体制で睡眠を取っているだろうか。じつはその体勢にも、高山病のリスクに差がある。最もリスクがあるのは仰向けだ。仰向けで眠っていると、舌が喉に落ち込んで気道を狭めてしまう。取り込む空気の量が減り、長時間低酸素状態に陥る可能性があるのだ。いびきをかきやすい人は、特に注意が必要である。最も手っ取り早い対策は、横向きに寝ることである。しかし寝る体制は習慣なので、すぐに変えるのは難しい。そんな時は、上体が倒れ切らないように、衣類などを下に敷いて頭を高くする方法でも対処ができる。
それでも不安であれば、定期的に目を覚まして水分補給や腹式呼吸を行う。睡眠に大きなリスクを感じる場合、眠らないという選択を取る人もいる。自分の体質を理解し、バランスを取りながらダメージを抑えることが必要なのだ(※ 薬を用いて対処する方法もあるが、専門的な内容になるため、ここでは控える)。