岩手県花巻市の西にある「花巻温泉」は、山あいを流れる豊沢川に沿って温泉地が並んでいる。その中でも湯治色の強い「大沢温泉」に滞在して、ノスタルジックな日本の夏を過ごしてみた。のんびりと湯に浸かり、美味しい蕎麦に舌鼓を打つ。かの宮沢賢治ゆかりの地。物語の舞台となった場所で渓流釣りも少々楽しみ、雨の日はその世界に浸る……“大人の夏休み”だ。
■大沢温泉の湯治部で湯浴みと蕎麦を味わう
『花巻12湯』と呼ばれる花巻温泉のひとつ、大沢温泉。「湯治部」「旅館部」と分かれていており、今回滞在したのは湯治部の「湯治屋」。隣接して旅館「山水閣」や茅葺き屋根の「菊水舘(※現在ギャラリーとして営業)」もある。
大沢温泉の原点とも言える歴史を感じる木造の建物。築200年以上経つという。歴史から取り残されたような、いい意味で「ひなびた」雰囲気で、どこか落ち着く気持ちにさせてくれる。
お風呂はいくつかあるがどれも個性的。いずれも泉質はPH値が高めのアルカリ性だ。名物の「大沢の湯」は混浴(時間によっては女性専用)で、目の前に流れる豊沢川を眺めながら開放的な気分で湯浴みできる。宮沢賢治も幾度も訪れたという湯だ。
館内には食材も購入できる売店や自炊するための共同炊事場もある。宿泊料金もリーズナブルなので、長期滞在する湯治にはうってつけの環境だ。さらにお食事処「やはぎ」もあり、一品料理から定食まで、種類も豊富で、湯治気分を味わいながらも手軽に泊まりたい人にもおすすめできる。
数種類ある蕎麦の中でも「大沢・純そば」は、大沢地区で採れた蕎麦粉を100%使用しているという。口に入れた瞬間、蕎麦の風味とともに瑞々しさが口いっぱいに広がり、水の良さも大いに感じた。
■ナメトコ山から流れくる川で竿を出す
翌日はゆっくりと朝食を食べた後、宿の前を流れる豊沢川の流れを眺めつつ、湯に浸かりのんびりと過ごした。すっかり重くなった腰を上げ、ようやく釣りへ向かったのはお昼前だった。
最初に入ったのは、豊沢湖のバックウォーターからほど近い、明るく開けたポイント。童話『なめとこ山の熊』の舞台となった「ナメトコ山」が望める。一投目から小さなハヤたちがフライにまとわりついてきた。一度だけ20cmちょっとくらいのイワナが出てきたが、途中で引き返して行ってしまった……。
さらに上流へ移動すると樹々が鬱蒼と流れを覆い、深山の雰囲気となってきた。少々雑にキャスティングした瞬間、フライラインの影に驚いたのか、走り去る魚影が見えた。ここから本腰を入れて繊細な釣りに切り替える。
流れてくるフライに合わせ、わずかに反応してくる魚影が流れの中に見てとれる。だが、なかなか簡単には咥えてくれない。車道が脇を走り入退渓が楽なだけに、釣り人が後を絶たないのだろう。正直、もっと大らかな渓流魚たちが迎えてくれると思っていたのだが、そうは簡単にいかないところが釣りのおもしろいところだ。
何度か惜しい感じを繰り返しつつ釣り上がっていくと、ようやく魚がフライを咥えてくれた。慎重に手元に寄せると、東北らしい特徴の美しいイワナがネットに収まった。水から出さないように写真を収め、そっと流れに返した。