オサバグサという花をご存じだろうか? ある特定の決まった山域でしか見られない不思議な植物で、尾瀬沼エリアでは見ることはなく、桧枝岐エリアの帝釈山(たいしゃくさん)という山の斜面に群生するという。例年6月中旬から下旬にかけて、その愛らしい姿を見ることができる。帝釈山の登山口の馬坂峠では、山開きに合わせて「オサバグサ祭り」が開かれている。詳しい人によると、八ヶ岳・早池峰山ときて、そして帝釈山の群生が見事だという。どんな花だろうか?

■貴重で可憐な小さな花

可憐すぎるオサバグサ。この時期の花、ミツバオウレンともコラボ

 帝釈山への道はしっかりと整備され、針葉樹の気持ちのいい原生林を歩くことができる。オサバグサは登り始めればすぐにあると聞いていたが、なかなか見当たらない。最初のワクワクも薄れ、今年はハズレ年なの? という疑念まで生まれた頃。一眼レフカメラで何かを熱心に撮っている方がいた……。

 そう、極小な何か。初めて見るオサバグサは、可憐で驚くほど小さい花だったのだ。よく見ればそこかしこに咲いている。

 オサバグサは福島県で絶滅危惧種にも指定されているらしいが、貴重な群生地だけあって、一度見つけると次から次に目に入ってくる。シダのような葉から伸びる茎の先に白い妖精のような花々が踊っている。花言葉は「純粋な人」、まるで僕のようだ! とは誰も言ってくれないが……。

■帝釈山を超えて・馬坂峠から田代山へ原生林のトレイルを行く

駐車場から1時間で二百名山のひとつ、帝釈山山頂へ

 念願のオサバグサを見つけることができ、意気揚々と標高を上げる。昔は幻の深山と呼ばれていたらしいが。今では林道が開通し、馬坂峠の登山口から1時間ほどで山頂を踏むことができる。標高2,060mの帝釈山の山頂は展望がよく、会津駒ケ岳や日光連山を眺めることができる大パノラマだ。

 今回はさらに奥の田代山まで行って帰ってくる予定だ。往復でゆっくりでも5時間ほどの行程か。6月の陽気は思ったよりも暑く、残雪の残る谷間の風は驚くほど冷たい。飲み水は1人2リットルを目安に、しっかりとした透湿防水ジャケットを準備した。

 帝釈山から田代山までの道は、この時期残雪やぬかるみが多いので、堅牢で防水の効いた登山靴が大活躍だ。とても静かな尾根筋のトレイルを歩いていくと、田代山の避難小屋を兼ねている弘法大師堂が見えてきた。

■ハイライトは田代山山頂湿原! 季節が違うと表情も変わる

天空のトレイルを飛んでいく!?

 田代山の避難小屋周辺は、きれいなトイレや休憩スペースが整備されとても快適だ。トイレはチップ制なので、100円硬貨を準備しておきたい。

 このトレイルを切り開いた方々は演出家だ。避難小屋から山頂湿原方面へ歩いていくと、突然視界が開くのに驚く。今までの鬱蒼とした原生林から、一気に明るい原野に景色が変わるからだ。池塘に映る空の色も、残雪きらめく会津駒ヶ岳に向かう木道も「どこまでも歩いていきたい!」と思わせるような作りになっている。

 オサバグサの開花に遅れて、ニッコウキスゲ・チングルマ・ワタスゲなどが次々と咲いていく山頂の湿原は、さながら雲上の楽園に変わる。秋の草紅葉も魅力的。また行きたいと思えるトレイルだ。トレッキングルートも3つあるので、季節によって選んでみたい。