今回紹介するのは、オーストリア共和国のほぼ中央に位置するダッハシュタイン山脈。ゴンドラで手軽にアクセスできる氷河と、麓の高原トレッキングの様子をお伝えしたい。

 ダッハシュタイン山脈は、ヨーロッパを東西に1200km以上横切るアルプス山脈の東端に位置する。風光明媚な周辺地域も含めて、1997年にユネスコ世界遺産に指定された。

 アラフィフの私はダッハシュタインと聞くと、憧れのスキーブーツブランドを思い浮かべてしまう。実際に「ダッハシュタイン」は、この地方発祥の老舗登山靴メーカーであり、現在も登山靴やアパレルを中心に展開を続けているそうだ。

石灰岩で構成されたダッハシュタインの山塊は雪を被ったよう

■まずは麓の草原をトレッキング

 さて、ある年の7月に私が訪れたのはダッハシュタイン山脈の南側、標高1100mほどにあるラムゾウという高原の集落だ。東アルプス山脈の麓の村なので、スイスのハイジが暮らしているような勾配のきつい放牧地をイメージしていたが、予想以上に緩やかで広々とした草原と森が広がっていた。

 調べてみると、この高原は距離にして18 km、幅が4 kmほどもある。それゆえ冬になるとヨーロッパ有数のクロスカントリースキーフィールドとなるようで、コースの総延長はなんと220km以上。そんな地域なので、ホテルに着いて周辺を散歩するだけで野草が咲き乱れる草地、トウヒなど針葉樹を中心とした森林、時折現れる庭が素敵な民家やホテルなど、景観がどんどん変わって気持ちの良いトレッキングが楽しめた。

標高1100mにある高原の集落「ラムゾウ」

 ダッハシュタイン山山頂に登るには様々な難易度のルートがあるようだが、今回はサクッとゴンドラを使うことにしよう。その前に、ゴンドラ駅の駐車場から絶壁が始まる手前の丘に建つ山小屋を目指し、片道2kmほどのトレッキングコースを歩いてみた。行き来するゴンドラを見上げながらの明るい草原ウォークはじつに気持ち良い。

 登山道脇の草原には色とりどりの高山植物がまばらに咲いていて美しいが、場所によっては幅5〜30mほどの、斜面を流れ落ちる干上がった川のようなもの見られる。こうした場所はよく見ると谷地形になっていて、上部の岩が崩れて堆積したり、大雨の時は土石流となって表土を侵食するので、植物がなかなか定着できない。

写真左端の山小屋まで歩く。谷筋は常に崩壊しており植物が生えない

■岸壁が迫り来る絶景ゴンドラで山上へ

 さて、気持ちの良いトレッキングを楽しんだ後は、いよいよゴンドラに乗って氷河が残る山頂を目指す。ゴンドラには50人ほどが乗ることができ、屋根の上には10人が乗れるバルコニーまであった。10分で一気に標高2700mの山頂駅まで上がることができる。往復の値段は大人で44ユーロ(2022年5月時点で約6000円)。

 麓の駅には様々なアウトドアグッズが販売されているほか、ロッククライミング、クロスカントリースキー、ハンググライダーなどのツアー情報も入手することができる。なかでも興味を惹かれたのは、ダッハシュタイン山脈を越える25kmのスキーツアーで、ヨーロッパ最長とのこと。

ゴンドラ駅。ここから10分で一気に氷河の世界に

 ゴンドラは360度ガラス張りで、車窓から見える景色には圧倒されてしまった。日本国内にも様々な絶景ゴンドラはあるが、ここまで植物がなくて岸壁が迫り来る景色というものはそうそうない気がする。生命を寄せ付けないというか、温かみがないというか、とにかくものすごい迫力である。

 標高2700mの山頂駅を降りると、南斜面はほぼ垂直に切り立った岸壁。そして眼下にはラムゾウの村、そして遥か向こうに名も知らぬヨーロッパアルプスの山脈が延々と続いている。

 なぜこの山脈はフランスまで1200kmも続いているのだろうか。簡単にいうと、現在のユーラシアと北米がくっついた「ローラシア大陸」と、現在のアフリカ、南米、インド、南極、オーストラリアがくっついた「ゴンドワナ大陸」がかつて存在し、その2つの大陸が地殻変動によってぶつかり、大地が盛り上がったからだ。当然、1年に数cm程度の動きしかないので、山になるまでには何億年もかかったことだろう。

 このような動きで山ができることを「造山運動」と呼ぶが、それは現在も続いている。そしてなにを隠そう我々が暮らす日本列島全体も、このような造山運動でできた陸地だ。

ダハシュタイン山。中央やや右の最高地点は2995m