■「うん、滑りたいね!」と多英さんは何度もうなずいた

 何度目かの斜面でモナカ雪の一歩手前というような雪質に出合った。

 そんな雪を前に、
「もっとしっかりスキーに乗らないと……」

 と言いながら多英さんは滑り出す。

 バックカントリースキーでは、一見綺麗に見える雪面でも、いろいろな雪質が混ざっていることがあるし、雪の中に何があるのか分からない。だから滑る時にはスキーと足裏の感覚に意識を向けることがとても重要で、それは何かあった時の反応も変わってくる。

 多英さんも私も、実は選手の頃から怪我が少ない。そんな私たちには「怖がり」という共通点がある。痛いのも、怖いのも苦手だから、丁寧にスキーに向き合うことをモットーとしてきたのだ。

津軽湾を背景に滑るこのシチュエーションは、海なし県育ちの私には天国にいるような気分

 山頂駅を出発してから、上へ下へ、横へ上へとバックカントリーらしい移動を続けながら滑走本数を伸ばしていったツアーも、ついに終着点に向かう時がやってきた。けれども、目の前には良い斜面がまだあちこちに残っていて、もっともっと滑りたいと欲が出てくる。
「今度はあそこに行きたい」

 と次回が決まっているかのような話をする私。「うん、滑りたいね!」と、多英さんは何度もうなずいた。

笑顔で滑る多英さん。得意なスキーの時間を心から楽しんでいることが伺える素敵な1枚

■「良い旅になったね」とどちらからともなく声にした

 無事に下山して、お世話になった相馬さんに「またきます」とお礼を伝えてガイドクラブを後にした。

 先ほどまで雪山をアクティブに楽しんでいた二人だけれど、滞在先の周辺巡りや、お土産を探す時間、美味しい食事も旅行の楽しみだ。ホテルでは少しおめかししてリラックスして過ごすのも良い。

 でも周辺散策とお土産選びは翌日の楽しみにして、スキーから戻った私たちは、まずは眺めのいい露天風呂にゆっくり浸かって、八甲田でのスキーや互いの近況を語りあった。

 ふと目の前の森をテンが横切り、驚きと共に笑いが絶えない二人。
「良い旅になったね」

 とどちらからともなく声にした。

 どんなに楽しみにしていた旅行も、始まりがあれば終わりが来る。その時に「また来たいね」と言える旅行ができたとしたら、それは最高の旅の終わり方だといつも思う。

 私は、後ろ髪を引かれる感じがとても好きだ。「また」と言う気持ちが残ることで、その瞬間から次の旅へのワクワクが始まっている気がするのだから。

 

●八甲田山ガイドクラブ

八甲田山ガイドクラブの相馬さんと

 今回お世話になった相馬浩義隊長をはじめ、八甲田山の雪と地形を知り尽くした7名のガイドが揃う。八甲田スキー場前にある八甲田山荘内に受付がある。

電話:017-728-1511

www.hakkoda-gc.com

 

里谷 多英(さとや たえ)
北海道札幌市出身。1989年、小学6年生で全日本モーグル選手権に初出場初優勝以後競技の世界へ。1998年、長野五輪金メダル。2002年、ソルトレイク五輪銅メダルで日本人女性スキー選手唯一の2大会連続メダリストとなる。冬季五輪5大会連続出場。2013年2月に選手を引退。現在、所属先だったフジテレビに社員として勤務している

上村 愛子(うえむら あいこ)
長野県白馬村育ち。1996年、高校1年生で初出場したFISワールドカップで3位入賞。2008年、日本人モーグル選手として初のFISワールドカップ総合優勝。2009年、世界選手権優勝。冬季五輪5大会連続出場。2014年4月に選手を引退。現在、TVでスポーツ関係のコメンテーターなどを務めつつ、白馬をベースにスキーを楽しんでいる

 

【Snow trip magazin 2022 Winter より再編集】