知らないことばかりの「デカい山」の世界。とてつもなく大きく、神秘に満ちたその世界をちょっとナナメな視点からクローズアップしていきたい。

■なぜ、誰も登れないのか?

 地球上の8,000m峰はすべて登頂が果たされている。ラインホルト・メスナーが70年から84年にかけて達成して以降、日本の竹内洋岳を含め、30名以上の登山家が全14座を制覇しているのだ。だが、そうした経験豊富で、屈強な世界屈指のツワモノたちであっても登れない山がある。

 ここで取り上げたいのは、人類がまだ誰も登っていない山、いわゆる「未踏峰」の代表格「梅里雪山(メイリーシュエシャン)」だ。梅里雪山というのは、中国雲南省とチベット自治区の州境に位置する6つの6,000m峰を含む連山の総称である。

 8,000m峰がすべて制覇されているということは、すべての未踏峰は8,000m以下ということになる。梅里雪山最大の「カワカブ」でも6,740mだ。では、エベレストよりも2,000mも低い梅里雪山には何故、誰も登れないのだろう? この山はチベット仏教の聖地である信仰の山だ。そのため、信徒による巡礼登山が大昔から行われてきた。といっても、その目的は山腹にある寺院まで、登頂が目的ではなかった。

 登頂を目指した登山家による挑戦は20世紀初頭に始まっている。アメリカ、イギリスなどが登山隊を派遣したが、いずれも失敗に終わっている。梅里雪山は高峰であるのは確かだが、世界屈指の標高という訳でもないことから、各国が競い合うように初登頂を目指したわけではなく、知名度も低かった。ところが、ヒマラヤを中心とした世界の高峰が次々に初制覇されていくうちに“残された未踏峰”として、その名前が浮上していったのである。

 登頂が果たされない理由は主に3つ考えられる。周辺には、長江の上流である「金沙江」、メコン川の上流「瀾滄江」、サルウィンの上流「怒江」という3つの大河が、並ぶように流れているため、「三江併流」とよばれる大峡谷地帯を形成している。その急流に浸食された山容は著しく険しいのだ。

 2つめは厳しい気候だ。インド洋から吹くモンスーンの影響で、強い風と大量の雪が行く手を遮るため、登山に適した天候となる日は、年間で50日に満たないという。91年には、日中合同学術登山隊17名(日本側11名、中国側6名)が、主峰カワカブにチャレンジしたが、雪崩の直撃を受けて全滅する痛ましい遭難事故が発生している。

 そして、3つめは宗教上の理由だ。地元には、登山そのものを「神聖な山を汚す行為」として嫌う風潮があり、登山者は人々に協力を得られにくいという事情があったのだ。「あったのだ」と過去形にしたのは理由がある。協力を得られにくいどころか、中国政府が2000年に法的に禁止したため、登ること自体が不可能になったからである。人類がこの難攻不落の山を攻略する日は、永遠に来ないかもしれない。

 

梅里雪山(メイリーシュエシャン)
標高:6740m
所在地:中華人民共和国

書籍『梅里雪山』小林尚礼(山と溪谷社) 日中合同登山隊の梅里雪山での遭難事故を振りかえりつつ、この事故を通して見た梅里雪山、そしてその山を敬う山麓の人々の姿を写真と文で描写する

●梅里雪山の概要

▶地形がひたすら厳しい
▶モンスーン地帯で気候が悪い
▶宗教的な理由で登山そのものが嫌われる風潮も
▶1991年には17名が犠牲になる事故が発生
▶2022年2月の時点で誰も登頂していない
▶登山が法的に禁止されている