■坂を下って「溜池」方面へ
ここからはひたすら南下していきますが、坂をだんだんと下る形になります。
ここは、かつては真田濠と呼ばれた濠ですが水面は埋め立てられ、今は上智大学のグラウンドになっています。
もう一度「Fenix 8」のグラフを見てみましょう。
Fenix 8は、GPSデータ、生体データの他にも高度のデータも記録しています。
高度データをみると、このあたりを歩いている時点で高度30mを超えています。確かに、千代田区の最高地点は麹町や六番町のあたりの31mぐらいですので、六番町に近いこのあたりは、まさに千代田区の最高地点に近い場所であることがよくわかります。
そして、上智大学のグラウンドの向こうが、赤坂御用地となっています。赤坂御用地の広大な敷地は、かつて紀州徳川家の屋敷でした。
上智大学のグラウンドから千代田区側が喰違見附(くいちがいみつけ)で、現在の紀尾井町ということになります。
紀尾井町はみなさん御存知の通り、紀伊徳川家(赤坂御用地の敷地とは別に、千代田区側にも屋敷があった)、尾張徳川家、井伊家の屋敷があり、その頭文字をとって紀尾井となっている町です。
しかし、千代田区の区境はこちらではなく、弁慶堀に向かって緩やかなスロープになっていますので、下ります。
飯田橋あたりから、ずーっと何mも下にあったお堀の水面がだんだんと近づいてきます。
つまり、ここは江戸城が作られた台地のちょうど終わりの部分だということがわかります。
弁慶堀をすぎると、赤坂の外堀通りの大通りです。道を挟んで、南側が港区で、北側が千代田区となり、日枝神社や首相官邸は千代田区側になります。
Fenix 8の地図でもその様子はしっかり表示されています。
首相官邸の近くには溜池山王駅や、溜池交差点があるわけですが、ここは元々溜池という池があったといわれます。
溜池交差点からさらに進み、霞が関ビルディングのある辺りにやってきました。実はここに江戸城の端っこがちょっとだけ残っています。
溜池櫓台というのは、解説文によると、外堀に設けられた隅櫓(すみやぐら)のことで、浅草門と筋違門(すじかいもん)とこの溜池の3つがあったものの、遺構が残っているのはここだけだそうです。
ちなみに浅草門は、最初に歩いた千代田区最東端あたりの少し先にあり、筋違門は、湯島聖堂の少し南あたりにあったものです。いずれも、千代田区の区境に近い場所にありました。
ということは、繰り返しになりますが、千代田区というものは、江戸城の外堀からほぼ内側そのものをその範囲としていることが、より一層証明された形になるのではないでしょうか?