ネパールに移住し、ネパール語を学び始めてからしばらく経った。
これまで何度も旅で訪れていたこともあり、簡単な会話くらいならなんとかなるだろうと思っていた。しかし、実際に生活してみると、言葉は通じても会話がかみあわない。そんな場面に何度も出くわした。
今回は、ネパール語を学びながら感じている言葉の壁と、その奥にあるネパールの文化について書いてみたい。
◼️ネパール語は簡単だと思っていた
ネパール語を学び始めた当初、正直に言うと、僕は楽観視していた。
文の構造は、日本語とよく似ている。主語→目的語→述語。この順番は同じだ。つまり、単語さえ覚えて並べれば、それなりには通じる。簡単な用件なら、単語をつなぎ合わせるだけで意思は伝わった。
「水がほしい」
「これをください」
「いくらですか」
この程度なら問題ない。
ただ、こちらの言っていることは通じるのに、相手の言っていることが、まったくと言っていいくらい聞き取れないのだ。ネイティブの会話は、とにかく速い。単語として認識する前に、音の塊として流れていく。
さらに追い打ちをかけるのが、ネパール語で使う文字「デバナガリー文字」。一見すると規則性のない、記号のような文字の連なりは、僕にとっては完全に暗号だった。
単語を覚えれば話せるが、あくまで伝わるだけ。それでは会話は成り立たない。ネパールで生活を送り、地元の人々と会話をするには、デバナガリー文字の読解とリスニング能力の向上が必要不可欠だった。
◼️生活してみてわかった言葉のズレ
学校で習う教科書的な言葉と、実際の日常会話は違う。これはどんな言語でもよくある話だ。ネパール語も例外ではない。
たとえば「アーウヌ(aaunu)」という言葉。授業では「来る」という意味だと習った。
「どこから来ましたか?」「私の友だちが来ます」というときに使う。
ところがある日、ネパール人にネパール語で話しかけたときのこと。相手は「アーウヌ」を使って、なにやら返してきた。
「どこから来たの?」「 日本から来たの?」と聞いているのだろうか。
でも、話の流れ的にそんな感じじゃなかったし、そもそも「日本」という単語も「どこ」という単語もでてきていない。いったい、なにが「来る(来た)」のだろう。
その後も似たような場面が何度かあったので、日本語がわかるネパール人の友人に聞いてみた。答えはシンプルだった。
「アーウヌは、“わかる” って意味でもよく使うんだよ」
つまり、彼らは「ネパール語がわかるの?」と聞いていたのだ。これはちょっとした衝撃だった。
辞書的な意味と、実際の使い方のあいだには、思っていた以上に距離がある。やはり、日常生活で使用する言葉は、生活してみないとわからないのだ。