■1300年の歴史で復原工事はむしろレア?
踏切をわたって走り出すと、広大な野原のはるか遠くに朱塗りの「大極門」と大きな建屋が見え、朱雀門との間には草が生い茂る空間だけが広がります。
この空間はかつて、重要な儀式や外国使節の謁見などを行っていた「中央区朝堂院(ちょうどういん)」の跡地です。
「素っ気なさ過ぎない?」と、いうのが第一印象。
ですが、なんでもかんでもテーマパーク化してしまう昨今、この“何もなさ”が想像を掻き立ててくれるのでむしろ尊いと言いたくなります。
飲食店やお土産店は朱雀門ひろばに集約され、平城宮内には現代の臭いがほとんどしないのも、古都の雰囲気を今に伝えている大きな理由だと感じます。
2022年に復原された大極門の東西にある建造物「大極門東楼」は、取材した2025年秋の段階では復原工事真っ最中でしたが、取材後の2026年3月に無事完成しています。
東楼を覆っていた建屋は現在、西側にスライドして「大極門西楼」の復原中。こちらも数年で完成する予定だそうです。
目にも鮮やかな大極門を眺めていると、歴史的建造物はそれぞれの時代の職人の技や最先端技術によって次の世代へと受け継がれていくことが理解できます。
■平城宮で最も神聖な場所「第一次大極殿」へ
いよいよ、平城宮跡歴史公園の最も重要な建造物といえる、平城宮最大の宮殿「第一次大極殿」へ向かいます。
公園の最北部にある建物で、当時は天皇の即位式や外国使節との面会など、国家の最も重要な儀式などが行われた特別な場所で内部は無料公開されています。
建物の中に自転車は持ち込めませんが、北側の多目的トイレ付近に駐輪場が完備。施錠のうえ安心して見学ができます。
名前に「第一次」がつくのは、この建物の東隣に後年もう一つの「第二次大極殿」が建てられたと考えられているから。
建物の中では天皇の玉座である高御座(たかみくら)などが見学できます。テラスのような廻縁を縁取る朱塗りの高欄越しに外を眺めると、「大和青垣(やまとあおがき)」と呼ばれる奈良盆地の東側に連なる山々や、東大寺の大仏殿がチラリと見えます。
阿倍仲麻呂が「三笠の山に 出でし月かも」と詠った御蓋山(みかさやま)が見えているのかも。そこで、「三笠山(御蓋山)はどのあたりですか?」と、警備の方に訪ねたところ「お椀を伏せたような稜線が御蓋山です」とのこと。
ちなみに、そのすぐ左隣の若草山(黄緑の斜面)もかつて三笠山と呼ばれていた歴史があり、詠われた“三笠山”には諸説あるようです。いずれにしても当時の人々が三笠山に昇る月を眺めている様子がありありと想像できました。
園内の通路は基本的に舗装されていますが、場所によっては気持ちの良いフラットなダートもあり多彩なポタリングが楽しめました。