新しい生活が始まる春。環境の変化に、期待と不安を感じている人も多いのではないでしょうか。

 16年前にスイスを旅立ち、自転車で世界を巡りながら新しい環境に飛び込み続けてきたパッシュファミリー。冒険として始まった彼らの旅は、いつしか「ノマドとして生きる」という人生そのものへと変わっていきました。

 彼らが世界中で見つけてきた、新しい環境と向き合うための大切な姿勢とは? ひとつの夢から始まった家族の物語が、新しい一歩を踏み出す勇気をそっと教えてくれます。

■人生は、小さな問いから動き出す

 新しいスタートを迎えるときは、期待の一方で不安もあるかもしれません。しかし、新しい人生を始めるのに、すべてを捨てる必要はありません。ただ、こんな問いを自分に投げかけてみるだけでいいのです。

 「もし、もう少しだけ好奇心の先へ進んでみたら?」

 「もし、世界をもう少し信じてみたら?」

 16年前、私たちはその問いを胸にペダルを踏み出し、今も世界をゆっくり進んでいます。

 私たちの旅は、何度も「新しく始めること」の連続でした。国が変わるたびに、新しい言葉、文化、風景に適応していく必要があります。

 その中で私たちが学んだのは、適応の鍵は「好奇心」と「信頼」だということでした。新しい場所に着くと、私たちはまず観察し、耳を傾け、問いかけます。そうやって私たちは旅の途中でお茶に招かれ、見知らぬ人の家に迎え入れられ、道を教えてくれた人と友達になりました。たったひとつの会話がお互いの理解への扉を開いてくれ、人と人とのつながりが、人と人とのつながりは世界共通であることを思い出させてくれます。

■人間を信じることで見えてくる世界

蒸発し、塩の大地へと姿を変えたアシギョル湖を自転車で横断するセリーヌとグザヴィエ(2010年11月/トルコ/撮影:グザヴィエ・パッシュ)

 2010年、グザヴィエと私は自転車でスイスを出発しました。世界を横断し、地球の反対側のニュージーランドを目指す冒険です。3年後には帰国し「普通の生活」に戻る予定でした。けれど、旅は私たちが描いた地図どおりには進まず、気づけば16年が過ぎ、10万km以上を走り、旅の途中で娘たちが生まれました。冒険として始まった旅は、いつしか私たちの生き方そのものになりました。

 今日、ふとニュースを開けば世界のあちらこちらで争いが続いていることを知ります。国境は閉ざされ、恐れが広がり、他者は簡単に「よそ者」になってしまう。とりわけ中東の衝突を見ていると、人類はますます分断されているように感じます。

 私たちの旅は、「人間を信じる」というひとつの選択から始まりました。そして、それは違いの美しさに心を開くことでした。

 自転車でゆっくり旅をすると、世界との出会い方が変わります。自転車には窓もなく、隔てるものもありません。そこにはただ道があり、人々が暮らしています。私たちは数えきれないほどの見知らぬ人とお茶を飲み、言葉が通じなくても笑顔を交わし、家族の食卓を囲みました。

刈り取りを終えたばかりの黄金色の畑の中を果てしなく走り続ける。(2011年9月/カザフスタン/撮影:グザヴィエ・パッシュ)

 そんな出会いを重ねるうちに、私たちはあることに気づきました。子を世話する親の姿や食卓を囲む家族、雨を願って空を見上げる農夫。こうした純粋な一瞬の美しさは、どの国でも不思議なほど共通している。文化や大陸を越えて人と出会うたびに、私たちはその人たちの中に「自分自身」を見るようになりました。言葉や国境、政治を超えて、同じ鼓動を感じました。そこには同じ希望、同じ夢、同じ愛がありました。

 そのことを知ると、戦争というものがとても理解しがたいものに思えてきます。平和はきっと、こうして互いを信じる小さなところから始まるのかもしれません。