■謎めいた石像たちが示唆するもの

 鬱蒼とした森の中に次々に現れる奇怪な石像たちに驚かされながら異世界散策を続けて行くと、この庭園内で最も有名な建物「傾いた家」にたどり着いた。土台から何もかもが斜めになっている。脇に階段があったので上っていくと、中にも入れるようになっていた。好奇心に駆られて一歩足を踏み入れた途端、頭がくらっとするような感覚に襲われた。4畳半ほどの部屋を見て回るうちその感覚はどんどん強くなり、しまいには目眩がしてきた。傾いた家の中は外から見るよりも傾斜が鋭角で、立っているだけでも足を踏ん張らなければならない。 立っていられないような家を、なぜわざわざ造ったのだろう?  と思ったのは私だけではないらしく、この家の象徴する意味については世界中の研究者たちが思索を重ねてきたという。多くの研究者の解釈によると、この家は現実世界の不安定さや人生の予測不可能さ、死後の世界とこの世の境界などの象徴なのだそうだ。

 この家の他にも、庭園のシンボルとなっている「オルコ(怪物)の口」、「象」、「ドラゴン」、「セイレーン」といったさまざまな神話・寓話に登場する怪物たちが、ヴィチーノ・オルシーニの思想や心情、マニエリスム的な寓意を体現している。その意味を一つ一つ調べてみると、いずれも「生と死」「喜びと悲しみ」「秩序と不安定さ」など、人間と人生の両極面を表す要素が含まれているようだ。ただの物珍しさではなく、訪れる人それぞれに自身の内面を見つめさせる石像たち。静かで薄暗い森の中を歩きながら、迷宮に迷い込んだような体験ができるこの庭園は、人の感情と自然、そして哲学と芸術が蜘蛛の巣のように交差する唯一無二の空間なのだと実感した。

 

文・写真/田島麻美

<参考情報>Bomarzo/ Sacro Bosco(ボマルツォ・サークロ・ボスコ)公式サイト
https://www.sacrobosco.eu/?lang=en